日本信号の歴史
沿革
1928年に三村工場・鉄道信号・塩田工場の統合で設立された会社が起源。
1949年に東京証券取引所に上場し、2015年のインドを皮切りに台湾・バングラデシュへ拠点を展開した。鉄道信号を中心とする信号メーカーで、売上高は1,069億円。
1928年〜三工場統合による日本信号の設立と東証上場
- 三村工場・鉄道信号・塩田工場の統合で日本信号を設立[2]
- 米国General Railway Signalと技術援助契約を締結[2]
- 国産交通信号機を日本橋交差点などに設置[3]
- 大連工場を開設[4]
- 与野工場を新設[3]
- 朝鮮工場を開設[2]
- 宮内工場を開設[4]
- 特別経理会社に指定[4]
- 大阪支店を開設[3]
- 特別経理会社の指定を解除[5]
- 東京証券取引所に上場[3]
- 大阪工場を新設[4]
- 真空管式B型車内警報装置を京浜東北線・山手線に納入[3]
- 日本国有鉄道のCTC第1号機を伊東線に納入[3]
- 大阪証券取引所に上場[6]
- 売上高
筆者所見
日本信号の創業期の課題は、三つの工場を寄せ集めた会社を、一つの主力拠点を持つメーカーへ作り替えることにあった。1932年に千住工場を月島工場へ移して閉鎖し、工場の集約で社業の基礎を固めた[1]。1937年には与野工場を開設し、1938年11月までに月島・大森の生産部門を移した[1]。統合の実が上がったのは設立時ではなく、与野へ生産を一本化した10年後である。大連・朝鮮の工場を失った戦後の再建も、与野という拠点を先に固めていたから成り立った。
- [1]企業の歴史 : 明治百年 1968年「日本信号」
1962年〜日信工業の分離と宇都宮・上尾工場の新設
- 機械信号・分岐器部門を日信工業として分離[6]
- 宇都宮工場を新設[3]
- 上尾工場を新設[6]
- 東海道新幹線にATC・CTCなどを納入[3]
- 日信電子サービスを設立[6]
- 東京モノレールに自動改札装置を納入[3]
- 山形日信電子を設立[6]
- パークロックを開発[3]
- 栃木県警察本部交通管制センターに信号設備を納入[3]
- 札幌市営地下鉄に日本初のトータルAFCシステムを納入[3]
- 日信ソフトエンジニアリングを設立[6]
- トルコ国鉄と信号プロジェクト契約を締結[3]
- 売上高
筆者所見
1962年の日信工業の分離で、日本信号は機械の信号を切り離し、電子の制御に経営資源を集めた。同年11月に機械信号・分岐器部門を分離し、1964年には東海道新幹線にATC・CTCなどを納入した[6][3]。新幹線で培った電子の技術は、列車の外へ転用できる資産になった。1969年に東京モノレールへ自動改札装置を、1972年に栃木県警へ交通管制の信号設備を納めた[3]。発注元を国鉄から都市交通と警察へ広げ、交通インフラの装置メーカーへ転じた。
- [6]有価証券報告書
- [3]日本信号 公式サイト「沿革」(2026年10月)
1989年〜久喜事業所の新設と与野事業所の閉鎖
- 技術研究センターを新設[6]
- ISO9001認証を取得[3]
- 台湾全島の鉄道信号近代化を一括受注[3]
- 日信電子サービスが東京証券取引所市場第二部に上場[6]
- 久喜事業所を新設[6]
- 本社を東京都豊島区に移転[6]
- 与野事業所を閉鎖[3]
- ISO14001認証を取得[3]
- ビジョナリービジネスセンターを設置[6]
- 北京地下鉄13号線にAFCシステムを納入[3]
- 台北営業所を開設[3]
- 台湾新幹線に信号システムを納入[3]
- Suica・PASMO相互利用に向けた改札機の一斉改造を完了[3]
- 本社を東京都千代田区の新丸の内ビルディングに移転[3]
- 北京日信安通貿易有限公司を設立[3]
- 国際事業部を新設[6]
- 北京地下鉄15号線で無線式列車制御システム「SPARCS」が営業運転を開始[3]
- 売上高
- 経常利益率
筆者所見
1990年代以降、日本信号が成長を求めた先は、国内の駅よりアジアの鉄道の近代化だった。1998年に台湾全島の鉄道信号近代化を一括受注し、2009年には北京地下鉄15号線で無線式列車制御システム「SPARCS」が営業運転を開始した[3]。全島の信号を一社で請け負った台湾の実績が、中国の地下鉄へ自社の無線制御を持ち込む信用になった。2009年4月には国際事業部を新設した[6]。案件単位の受注を常設の部門へ格上げし、海外を収益源に据える手続きと言える。
- [3]日本信号 公式サイト「沿革」(2026年10月)
- [6]有価証券報告書
2014年〜日信電子サービスの完全子会社化とNippon Signal India設立
- 日信電子サービスを完全子会社化[6]
- Nippon Signal Indiaを設立[6]
- 安全信頼創造センターを開設[6]
- 日信岡部二光を完全子会社化[6]
- 台湾日信テクノロジーを設立[6]
- プライム市場に移行[6]
- Nippon Signal Bangladeshを設立[6]
- 日信ITフィールドサービスを完全子会社化[6]
- 後藤隆一氏が代表取締役社長に就任[7]
筆者所見
2014年以降の再編は、装置を納めた後の保守の収益を親会社の手元へ引き寄せる動きと読める。2014年に日信電子サービスを、2025年に日信ITフィールドサービスを完全子会社化した[6]。信号や改札機は納入後も長く稼働するため、保守の利益を少数株主と分け合わない資本の形が選ばれた。海外では2015年にインド、2022年にバングラデシュで現地法人を設立した[6]。台湾と中国の次の市場を、南アジアに定めた布石になる。
- [6]有価証券報告書