日東工業の歴史
沿革
1948年に愛知県瀬戸市で設立され、カバー付ナイフスイッチの製造から始めた会社が起源。
1963年にホーム分電盤を売り出し、2009年には豊田自動織機とEV・PHEV用充電スタンドを共同開発した。分電盤・キュービクル・ブレーカを主力とする配電機器メーカーで、テンパール工業も傘下に収める。
創業期
1948年〜愛知県瀬戸市での設立と配電函・鉄箱開閉器の製造
- 愛知県瀬戸市で設立[1]
- カバー付ナイフスイッチの製造販売を開始[1]
- 配電函と鉄箱開閉器の製造販売を開始[1]
- 中小企業合理化モデル工場に指定[2]
売上高
- 売上高
日東工業売上高—
成長期
1963年〜標準分電盤の製造開始とサーキットブレーカへの展開
- 標準分電盤と制御盤の製造販売を開始[1]
- ホーム分電盤の製造販売を開始[1]
- キュービクル式高圧受電設備の製造販売を開始[1]
- 名古屋工場を新設[1]
- 鉄製ボックスの製造販売を開始[1]
- 樹脂製ボックスの製造販売を開始[1]
- 本社を愛知県長久手町に移転[1]
- 菊川工場を新設[1]
- 安全ブレーカの製造販売を開始[1]
- 漏電ブレーカの製造販売を開始[1]
- サーキットブレーカの製造販売を開始[1]
売上高
- 売上高
日東工業売上高—
成長期
1980年〜システムラックへの参入と東証・名証一部への指定替え
- システムラックの製造販売を開始[1]
- 名古屋証券取引所市場第二部に上場[1]
- 漏電遮断器で日本工業規格(JIS)表示許可工場に指定[2]
- 浜松工場を新設[1]
- キャビネットに国際規格の「IP表示」を表示[2]
- 盤用熱交換器の製造販売を開始[1]
- 地中配線関連機器の製造販売を開始[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 中津川工場を新設[1]
- 光接続箱の製造販売を開始[2]
- 東京証券取引所と名古屋証券取引所の市場第一部に指定替え[1]
- 花巻工場を新設[2]
- 菊川工場に試験研究施設の菊川ラボラトリを新設[2]
- 栃木野木工場を新設[2]
- 日東工業(嘉興)電機有限公司を設立[1]
- 新愛知電機製作所を子会社化[1]
- 掛川工場を新設[1]
売上高
- 売上高
日東工業売上高—
安定成長期
2009年〜EV充電スタンドの共同開発とテンパール工業の子会社化
- 豊田自動織機とEV・PHEV用充電スタンドを共同開発[3]
- サンテレホンと南海電設を子会社化[1]
- 北川工業を子会社化[4]
- 東京証券取引所プライム市場と名古屋証券取引所プレミア市場へ移行[1]
- 産業用太陽光自家消費蓄電池システムの製造販売を開始[3]
- 瀬戸工場を新設[1]
- テンパール工業を子会社化[1]
売上高経常利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 経常利益率
日東工業2026年3月期売上高1,958億円売上高経常利益率8.3%
| 就任年 | 社長氏名 | 役職名 |
|---|---|---|
| 2014年 | 佐々木拓郎 | 取締役社長 COO→広報室担当→事業企画室担当 EVインフラ事業室担当→取締役社長 CEO |
| 黒野透 |