日東工業の歴史

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沿革

1948〜2024年 1948年に愛知県瀬戸市で設立され、カバー付ナイフスイッチの製造から始めた会社が起源。1963年にホーム分電盤を売り出し、2009年には豊田自動織機とEV・PHEV用充電スタンドを共同開発した。
分電盤・キュービクル・ブレーカを主力とする配電機器メーカーで、テンパール工業も傘下に収める。

沿革

1948年に愛知県瀬戸市で設立され、カバー付ナイフスイッチの製造から始めた会社が起源。

1963年にホーム分電盤を売り出し、2009年には豊田自動織機とEV・PHEV用充電スタンドを共同開発した。
分電盤・キュービクル・ブレーカを主力とする配電機器メーカーで、テンパール工業も傘下に収める。

創業期1948年〜愛知県瀬戸市での設立と配電函・鉄箱開閉器の製造

  1. 愛知県瀬戸市で設立
  2. カバー付ナイフスイッチの製造販売を開始
  3. 配電函と鉄箱開閉器の製造販売を開始
歴史「第1章」を読む陶磁器卸の鈴木商店から日東航空工業所を経た転業と、資本金100万円の日東工業
日東工業売上高—

成長期1963年〜標準分電盤の製造開始とサーキットブレーカへの展開

  1. 標準分電盤と制御盤の製造販売を開始
  2. ホーム分電盤の製造販売を開始
  3. キュービクル式高圧受電設備の製造販売を開始
  4. 名古屋工場を新設
  5. 鉄製ボックスの製造販売を開始
  6. 樹脂製ボックスの製造販売を開始
  7. 本社を愛知県長久手町に移転
  8. 菊川工場を新設
  9. 安全ブレーカの製造販売を開始
  10. 漏電ブレーカの製造販売を開始
  11. サーキットブレーカの製造販売を開始
日東工業売上高—

成長期1980年〜システムラックへの参入と東証・名証一部への指定替え

  1. システムラックの製造販売を開始
  2. 名古屋証券取引所市場第二部に上場
  3. 浜松工場を新設
  4. 盤用熱交換器の製造販売を開始
  5. 地中配線関連機器の製造販売を開始
  6. 東京証券取引所市場第二部に上場
  7. 中津川工場を新設
  8. 光接続箱の製造販売を開始
  9. 東京証券取引所と名古屋証券取引所の市場第一部に指定替え
  10. 日東工業(嘉興)電機有限公司を設立
  11. 新愛知電機製作所を子会社化
  12. 掛川工場を新設
日東工業売上高—

安定成長期2009年〜EV充電スタンドの共同開発とテンパール工業の子会社化

  1. 豊田自動織機とEV・PHEV用充電スタンドを共同開発
  2. サンテレホンと南海電設を子会社化
  3. 北川工業を子会社化
  4. 東京証券取引所プライム市場と名古屋証券取引所プレミア市場へ移行
  5. 産業用太陽光自家消費蓄電池システムの製造販売を開始
  6. 瀬戸工場を新設
  7. テンパール工業を子会社化
日東工業2026年3月期売上高1,958億円売上高経常利益率8.3%

第1章 1948年〜 愛知県瀬戸市での設立と配電函・鉄箱開閉器の製造

1948年〜陶磁器卸の鈴木商店から日東航空工業所を経た転業と、資本金100万円の日東工業

日東工業は1948年11月24日、愛知県瀬戸市で資本金100万円の株式会社として発足した。前身は1914年に瀬戸で設立された合資会社の鈴木商店で、代表社員は加藤八百蔵氏だった。鈴木商店は1929年に鈴木製陶所と改称し、1944年に日東航空工業所となり、旧愛知航空機向けの航空機部品を専属で製造した。1945年の敗戦を機に航空機部品から電気配線器具の製造販売へ転業し、商号も日東工業所へ変更。1948年の設立は八百蔵氏の長男の加藤陽一氏、次男の加藤実氏、鈴木薫稔氏の3氏によるもので、復興期に電力の需要が膨らむと見込んでいた。軍需の下請先を失った工場が、復興で配線の需要が増える電気の分野に活路を求めたとみられる。

  • 中部財界 24(2)(444) 1981年2月「名証新規上場四社のプロフィル」日東工業の項
    • [1]設立は1948年(昭和23年)11月24日。1948年11月に資本金100万円で改組
    • [3]1929年鈴木製陶所に改称しタイル・衛生陶器など建築用陶磁器の卸販売。1944年日東航空工業所と改称し旧愛知航空機の専属下請で航空機部品を製造
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [2]前身は1914年(大正3年)瀬戸市設立の合資会社鈴木商店、代表社員は加藤八百蔵。1945年敗戦を機に電気配線器具の製造販売へ転業し日東工業所に改称
    • [4]前身は1914年(大正3年)瀬戸市設立の合資会社鈴木商店、代表社員は加藤八百蔵。1945年敗戦を機に電気配線器具の製造販売へ転業し日東工業所に改称
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
    • [5]1948年11月、加藤陽一・加藤実・鈴木薫稔の3氏が戦後の電力需要の増大を見込み電気配線器具の製造販売を目的に設立

転業後の日東工業は、陶磁器を素材にしたカットアウトスイッチ・コンセント・電熱器を最初の製品にした。陶業の地である瀬戸には加藤姓の家が多く、1984年の業界誌は日東工業の創業を陶業の加藤家の系譜に連なるものと位置づけた。工場は八百蔵氏が家屋兼工場として瀬戸に持っていた敷地に置いた。敷地は業績の拡大に合わせて買い増し、1981年には6,600平方メートルの瀬戸工場となっていた。2024年の統合報告書も、瀬戸の陶磁器を生かしたカットアウトスイッチを日東工業グループの出発点に置いている。卸と製陶で培った陶磁器の調達と加工の知識が、絶縁に陶器を使う配線器具にそのまま生きたと推察される。

  • 中部財界 24(2)(444) 1981年2月「名証新規上場四社のプロフィル」日東工業の項
    • [6]敗戦直後、陶磁器を素材としたカットアウトスイッチ・コンセント・電熱器などの電気配線器具の製造販売に転業
  • 電機 (433) 1984年8月「会員会社その周辺――日東工業と尾張・東濃(31)」
    • [7]加藤は瀬戸の代表的な姓で陶業の家系が多く、日東工業の創業もそれと無関係ではないと記述
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [8]瀬戸工場は発祥の地で、先代八百蔵が家屋兼工場として持っていた土地を買い増し6,600平方メートル
    • [9]瀬戸工場は発祥の地で、先代八百蔵が家屋兼工場として持っていた土地を買い増し6,600平方メートル
  • 日東工業 統合報告書 2024
    • [10]1948年に瀬戸市で設立以来、瀬戸の陶磁器を活用したカットアウトスイッチから始まったと記載
参考文献[1]-[10]
  • 中部財界 24(2)(444) 1981年2月「名証新規上場四社のプロフィル」日東工業の項
    • [1]設立は1948年(昭和23年)11月24日。1948年11月に資本金100万円で改組
    • [3]1929年鈴木製陶所に改称しタイル・衛生陶器など建築用陶磁器の卸販売。1944年日東航空工業所と改称し旧愛知航空機の専属下請で航空機部品を製造
    • [6]敗戦直後、陶磁器を素材としたカットアウトスイッチ・コンセント・電熱器などの電気配線器具の製造販売に転業
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [2]前身は1914年(大正3年)瀬戸市設立の合資会社鈴木商店、代表社員は加藤八百蔵。1945年敗戦を機に電気配線器具の製造販売へ転業し日東工業所に改称
    • [4]前身は1914年(大正3年)瀬戸市設立の合資会社鈴木商店、代表社員は加藤八百蔵。1945年敗戦を機に電気配線器具の製造販売へ転業し日東工業所に改称
    • [8]瀬戸工場は発祥の地で、先代八百蔵が家屋兼工場として持っていた土地を買い増し6,600平方メートル
    • [9]瀬戸工場は発祥の地で、先代八百蔵が家屋兼工場として持っていた土地を買い増し6,600平方メートル
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
    • [5]1948年11月、加藤陽一・加藤実・鈴木薫稔の3氏が戦後の電力需要の増大を見込み電気配線器具の製造販売を目的に設立
  • 電機 (433) 1984年8月「会員会社その周辺――日東工業と尾張・東濃(31)」
    • [7]加藤は瀬戸の代表的な姓で陶業の家系が多く、日東工業の創業もそれと無関係ではないと記述
  • 日東工業 統合報告書 2024
    • [10]1948年に瀬戸市で設立以来、瀬戸の陶磁器を活用したカットアウトスイッチから始まったと記載

1951年〜陶器に金具を付けたカバー付ナイフスイッチと、鉄で組む配電函・鉄箱開閉器

日東工業は1951年6月、カバー付ナイフスイッチを製品に加えた。1990年の新規上場紹介は、日本工業規格(JIS)の制定と諸法令の改定をこの品目追加の契機に挙げた。1981年の中部財界も、当初の主体をコンセントやカットアウトスイッチとし、事業拡大の最初の品目にカバー付ナイフスイッチを挙げている。1984年の業界誌で日東工業の常務は、創業期の製品を『陶器へ金具をとり付けたナイフスイッチ』と説明した。規格の整備で器具の仕様がそろい、陶器の加工に金属部品を組み合わせた品目へ広げる余地が生まれたと思われる。

  • 日東工業 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1951年6月 カバー付ナイフスイッチの製造販売を開始
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
    • [12]JIS制定・諸法令の改定に伴い、1951年(昭和26年)にカバー付ナイフスイッチの製造販売を開始
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [13]当初はコンセント・カットアウトスイッチ・電熱器が主体、事業拡大の最初にカバー付ナイフスイッチ(1951年)
  • 電機 (433) 1984年8月「会員会社その周辺――日東工業と尾張・東濃(31)」
    • [14]常務の言葉として、瀬戸での創業当時は陶器へ金具を取り付けたナイフスイッチの製造から始めたと記述

日東工業は1954年6月、配電函と鉄箱開閉器を製品に加えた。1981年の中部財界は、1951年のナイフスイッチに続く拡大の品目としてこの2つを挙げ、1963年の分電盤をその次に置いた。1990年の上場紹介は、ナイフスイッチから配電函・鉄箱開閉器までの品目追加を製品の多様化と位置づけた。1955年以降はビル建設の増加と工場の大型化で電気設備も大型化し、器具を盤にまとめて使う例が増えた。日東工業はこれを受けて、1963年6月に標準分電盤と制御盤へ参入。鉄の箱に開閉器を収める製品を1954年から作っていたことが、器具を盤にまとめる分電盤の土台になったのだろう。

  • 日東工業 有価証券報告書【沿革】
    • [15]1954年6月 配電函、鉄箱開閉器の製造販売を開始
    • [19]1963年6月 標準分電盤・制御盤の製造販売を開始
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [16]事業拡大の順として、カバー付ナイフスイッチ(1951年)、配電函・鉄箱開閉器(1954年)、分電盤(1963年)
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
    • [17]1951年カバー付ナイフスイッチ、1954年配電函・鉄箱開閉器などの製造販売を開始し製品の多様化を進めた
    • [18]昭和30年代、ビル建設の増加と工場の大型化で電気設備が大型化し、機器の単独使用から配電盤でのシステム使用が増加
参考文献[11]-[19]
  • 日東工業 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1951年6月 カバー付ナイフスイッチの製造販売を開始
    • [15]1954年6月 配電函、鉄箱開閉器の製造販売を開始
    • [19]1963年6月 標準分電盤・制御盤の製造販売を開始
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
    • [12]JIS制定・諸法令の改定に伴い、1951年(昭和26年)にカバー付ナイフスイッチの製造販売を開始
    • [17]1951年カバー付ナイフスイッチ、1954年配電函・鉄箱開閉器などの製造販売を開始し製品の多様化を進めた
    • [18]昭和30年代、ビル建設の増加と工場の大型化で電気設備が大型化し、機器の単独使用から配電盤でのシステム使用が増加
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
    • [13]当初はコンセント・カットアウトスイッチ・電熱器が主体、事業拡大の最初にカバー付ナイフスイッチ(1951年)
    • [16]事業拡大の順として、カバー付ナイフスイッチ(1951年)、配電函・鉄箱開閉器(1954年)、分電盤(1963年)
  • 電機 (433) 1984年8月「会員会社その周辺――日東工業と尾張・東濃(31)」
    • [14]常務の言葉として、瀬戸での創業当時は陶器へ金具を取り付けたナイフスイッチの製造から始めたと記述

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出典・参考 6件
出典・参考
  • 日東工業 統合報告書 2024
  • 日東工業 有価証券報告書【沿革】
  • 証券 42(4)(493) 1990年4月号
  • 中部財界 24(2)(444) 1981年2月「名証新規上場四社のプロフィル」日東工業の項
  • 中部財界 24(4)(446) 1981年3月「話題の企業――念願の上場をはたした日東工業」
  • 電機 (433) 1984年8月「会員会社その周辺――日東工業と尾張・東濃(31)」

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