ローランド の歴史

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創業 1972年
創業者 梯郁太郎
創業地 大阪府大阪市住吉区
創業
1972年4月、44歳の梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区に資本金3,300万円でローランドを設立した。1960年に創業した電子オルガンメーカーのエース電子工業が同じ年に米ハモンド系の資本へ移ったのを機に、電子楽器事業の延長線上で独立した形である。同年8月に第1号商品のリズムマシンを発表し、11月にギターアンプとエフェクター、1973年3月にエフェクター製造のメグ電子を設立して、翌4月にシンセサイザーと電子ピアノを出す。創業2年で主要カテゴリを揃えたことになる。従来の楽器産業が木材加工と金属加工を基本技術としたのに対し、梯氏はデジタルとLSI、ソフトウェアを基本技術に置いた。1976年から1981年にかけてオーストラリア・米国・英国・西ドイツへ販売子会社を設けている。
決断
構造改革の6年間だけ、株式市場の外へ出た。1989年12月に大阪証券取引所市場第二部へ上場し、1999年9月に第一部へ指定された。1996年4月には技術先行の会社を営業出身のプロ経営者へ託した。連結売上高は2008年3月期の1,086億円を頂点に、2010年3月期は750億円へ25.4パーセント減り、創業以来初の本格的な赤字となる。純損失は2011年3月期からの3期で累計約60億円に及ぶ。2013年に就任した三木純一社長は2014年に創業者の反発の中でMBOによる非公開化に踏み切り、同年10月に上場を廃止する。非公開の6年でローランドディー.ジー.を持分法から外し、2018年1月にボスを吸収合併して、2018年12月期は売上高612億円・営業利益52億円へ戻す。売上高を4割落として営業利益を積み直したことが、2020年12月の再上場の条件を作った。
現況
電子楽器だけを作ってきた会社が、初めて木と金属の楽器で損失を計上した。2022年10月に米国のドラムメーカーDrum Workshopを約90億円で買収し、初のアコースティック楽器へ参入する。2025年12月期の連結売上高1,010億円と営業利益94億円は前期並みだが、相乗効果の遅れに米国関税と品質問題が重なり、のれん全額を含む減損損失38億円と繰延税金資産の取崩18億円、計56億円を計上した。純利益は前期の60億円から22億円へ減少した。株主は外国法人等が64.29パーセントで、MBOを主導したTaiyo Pacific系とBain Capital系の2社が約40パーセントを持つ。創業者が電子と定めた基本技術の外へ出た初めての買収が、3年でのれん全額の償却を招いた。
競合
値段を下げないと決めたことが、競う相手を入門層の外に置いた。1990年の講演で梯郁太郎氏は、ヤマハが80年、河合楽器が50年の歴史を持つ市場へ創業18年目で参入したとして、価格で下回るのではなく近い価格帯のなかで最も高い値を付ける方針を語っている。顧客をジャズ系とプロ向けに絞ったため海外進出が避けられず、1990年時点で売上高の70パーセントを輸出が占めた。1994年4月には開発と生産を分けて製品企画に特化するプロデューサー制へ移り、改良型に流れていた製品構成を組み替えている。2025年12月期の連結売上高1,010億円は、教育で弾き手の数から増やしたヤマハが2026年3月期に楽器だけで売る3,049億円の3分の1にあたる。値段を下げない方針は電子楽器の内側では利幅を守ったが、買収したアコースティックドラムの原価までは届かなかった。
ローランド:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年3月期2025年12月期

創業ストーリー 大阪発のリズムマシン世界市場創出と東証一部到達の27年 (1972年〜)

創業者・梯郁太郎氏による電子楽器専業メーカーの起点

1972年4月、梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円[1]でローランド株式会社を設立したのが原点である。梯氏は当時44歳で、それ以前は1960年に大阪市でエース電子工業株式会社を創業し電子オルガン製造を手がけていた経歴を持つ。エース電子工業の経営権がアメリカン・サン社(当時米国Hammond社系列)へ移った1972年に、梯氏は新たに独立してローランドを立ち上げ、エース電子の電子楽器事業の延長線上に同社の事業構想を置いた。1972年8月、ローランドブランド第1号商品となるリズムマシンを発表[2]、後のTR-808・TR-909等に連なるリズムマシン市場創出の起点を打った。

  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1972年4月 大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円でローランド株式会社設立
    • [2]1972年8月 ローランドブランド第1号商品となるリズムマシンを発表

1972年11月にギターアンプ・エフェクター発売、[3]1973年3月には大阪府大阪市にエフェクター製造のメグ電子株式会社(後のボス株式会社)を設立、後のBOSSブランドの源流となった。[4]1973年4月にはシンセサイザー・電子ピアノを発表[5]シンセサイザー市場参入を実現し、創業1年半で電子楽器の主要カテゴリ(リズムマシン・ギターアンプ・エフェクター・シンセサイザー・電子ピアノ)を揃えた。1976年5月にオーストラリア、1978年4月に米国、1981年1月にイギリス・ドイツと販売子会社[6]を立て続けに設立し、欧米主要国の直販体制を5年で整えた。

  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
    • [3]1972年11月 ギターアンプ・エフェクター発売
    • [4]1973年3月 メグ電子株式会社(後のボス株式会社)設立
    • [5]1973年4月 シンセサイザー・電子ピアノを発表
    • [6]1976年5月〜1981年1月 オーストラリア・米国・イギリス・ドイツに販売子会社を設立

創業者・梯郁太郎氏自身、従来の楽器産業が木材加工・金属加工を基本技術としていたのに対し、ローランドの電子楽器はデジタル・LSI・コンピュータ・ソフトウェアを基本技術とする点で一線を画すと位置づけ、[7]創業当初はジャズ系・プロ向け楽器を中心に事業を展開し、一般家庭向けや教育用の楽器には手を広げなかったと1990年の講演で振り返っている。[8]ジャズ系・プロ向けという顧客層の狭さゆえに海外進出が不可避だったとして創業以来輸出に注力し、1990年時点で売上高の70%を輸出が占めるに至ったと説明し、[9]創業から18年目にあたる同時点で既にヤマハが80年、河合楽器が50年の歴史を持つ市場に参入していたことから、価格で下回るのではなく近い価格帯の中でむしろ一番高い値段を付ける差別化戦略を取ったとも述べている。[10]

    • [7]梯郁太郎は、従来の楽器産業が木材加工・金属加工を基本技術としていたのに対しローランドの電子楽器はデジタル・LSI・コンピュータ・ソフトウェアを基本技術とすると述べた
    • [8]ローランドは創業当初はジャズ系・プロ向け楽器を中心に事業展開し、一般家庭向けや教育用の楽器は手掛けなかった
    • [9]梯郁太郎は、狭いマーケットで事業活動するには海外進出が不可避だったとして創業以来輸出に注力し、1990年時点で売上高の70%が輸出だったと説明した
    • [10]1990年時点で創業18年目、当時ヤマハは80年・河合楽器は50年の歴史があり、近い価格帯で一番高い値段を付ける差別化戦略を取った
  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1972年4月 大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円でローランド株式会社設立
    • [2]1972年8月 ローランドブランド第1号商品となるリズムマシンを発表
    • [3]1972年11月 ギターアンプ・エフェクター発売
    • [4]1973年3月 メグ電子株式会社(後のボス株式会社)設立
    • [5]1973年4月 シンセサイザー・電子ピアノを発表
    • [6]1976年5月〜1981年1月 オーストラリア・米国・イギリス・ドイツに販売子会社を設立
    • [7]梯郁太郎は、従来の楽器産業が木材加工・金属加工を基本技術としていたのに対しローランドの電子楽器はデジタル・LSI・コンピュータ・ソフトウェアを基本技術とすると述べた
    • [8]ローランドは創業当初はジャズ系・プロ向け楽器を中心に事業展開し、一般家庭向けや教育用の楽器は手掛けなかった
    • [9]梯郁太郎は、狭いマーケットで事業活動するには海外進出が不可避だったとして創業以来輸出に注力し、1990年時点で売上高の70%が輸出だったと説明した
    • [10]1990年時点で創業18年目、当時ヤマハは80年・河合楽器は50年の歴史があり、近い価格帯で一番高い値段を付ける差別化戦略を取った

V-Drums・MIDI規格制定の1980年代と1989年大証二部上場

1981年5月、大阪市住之江区にエフェクター・キット/コンピュータ周辺機器のアムデック株式会社(現ローランドディー.ジー.株式会社)を設立、後の3D造形・カッティング機器の源流を作った。1984年11月には大阪市に音楽教室(現ローランド・ミュージック・スクール)を開設、製造業から教育サービス事業への染み出しを始めた。1985年2月にはセット式電子ドラムを発表、後のV-Drums(電子ドラム世界標準)へ繋がる電子ドラム市場創出を始めた。1986年3月、静岡県引佐郡(現浜松市)に細江工場(現本社工場)が完成、主力生産拠点を関西から浜松へ移す転換点となった。

1989年12月、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場、創業17[11]年で初の株式公開を果たした。梯氏は、ジャズ系中心の生産だけでは事業の安定性を欠くため一般家庭にも受け入れられる楽器を販売する必要があり、そのためには会社の知名度向上[12]が欠かせないとして株式上場を決意したと語っている。1990年9月に浜松研究所完成[13]、R&D拠点を浜松へ集約した。1998年6月の東京証券取引所市場第二部上場を経て、[14]1999年9月に東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定された。創業27年で東証一部到達は、戦後創業の電子楽器メーカーとして相応のスピード上場である。[15]1993年5月には本社を大阪市北区堂島浜に移転[16]、関西発の電子楽器メーカーから東京・浜松・大阪の多極構造への組替えが進んだ。

  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1989年12月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場(創業17年で初の株式公開)
    • [13]1990年9月 浜松研究所完成
    • [14]1998年6月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [15]1999年9月 東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定
    • [16]1993年5月 本社を大阪市北区堂島浜に移転
    • [12]梯郁太郎は、一般家庭にも受け入れられる楽器を販売するには会社の知名度向上が必要だとして株式上場を決意したと述べた
  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1989年12月 大阪証券取引所市場第二部に株式上場(創業17年で初の株式公開)
    • [13]1990年9月 浜松研究所完成
    • [14]1998年6月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [15]1999年9月 東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定
    • [16]1993年5月 本社を大阪市北区堂島浜に移転
    • [12]梯郁太郎は、一般家庭にも受け入れられる楽器を販売するには会社の知名度向上が必要だとして株式上場を決意したと述べた

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ローランドの沿革1972〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1972〜1999年大阪発のリズムマシン世界市場創出と東証一部到達の27年ローランド設立
ローランドブランド第1号商品となるリズムマシン発表
エフェクター製造のメグ電子(後のボス)設立
シンセサイザー、電子ピアノ発表★★
アムデックを設立
音楽教室開設
セット式電子ドラム発表
細江工場が竣工
大阪証券取引所市場第二部に上場
浜松研究所が竣工
開発と生産を分け、製品企画に特化する「プロデューサー制」への開発体制改革

1994年4月、電子楽器メーカーのローランドが、製品分野ごとに企画から生産までを一手に握る『プロダクトリーダー制』を改め、開発と生産を別組織に分けて製品企画に特化させる『プロデューサー制』へ開発体制を作り替えた経営判断。改良型に流れがちだった開発を、市場の変化を読んで新技術を生む仕組みへ組み替えた。

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★★★
檀克義檀克義氏の第3代社長就任——技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す

1996年4月1日、電子楽器メーカーのローランドで、創業者・梯郁太郎会長が営業畑一筋の檀克義氏を第3代社長に指名した経営判断。前社長の菊本忠男氏が就任からわずか9カ月余りで退任した後を受けた人事で、創業家でも技術者でもない営業出身のプロ経営者への承継となった。

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★★★
檀克義都田工場が竣工
檀克義東京証券取引所市場第二部に上場
2000〜2014年リーマン崩落から田中英一氏・三木純一氏の橋渡しとMBOの2014年檀克義ローランド ディー.ジー.が東京証券取引所市場第二部に上場
檀克義生産会社設立
檀克義ビクター・テクニクス・ミュージックとローランド音楽教室を統合
檀克義ローランド ミュージック スタジオを設立
檀克義ベルギーとフランスの販売会社統合
三木純一創業者の反発の中でのMBOによる非公開化

2014年5月14日、ローランドの三木純一社長は、大株主の米系投資ファンド、タイヨウ・ファンドと組み、経営陣とファンドが出資するSPC(常若コーポレーション)を通じてTOBで全株式を取得するMBO(経営陣による買収)を発表した。買収総額は約416億円であった。これに対し創業者の梯郁太郎氏が猛反発し、混乱の中でTOBは成立、同年10月に上場廃止に至った。

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★★★
三木純一東京証券取引所市場第一部上場廃止★★
2014〜2024年MBO非公開期の構造改革と再上場後の3年三木純一ローランドを存続会社として、常若コーポレーションと合併★★
三木純一ローランド ディー.ジー.株式の一部を売却★★
三木純一ボスを吸収合併★★
三木純一販売会社と統括管理会社(持株会社)を統合
三木純一東京証券取引所市場第一部に再上場
三木純一販売会社を存続会社として、V-MODAとRoland VM Corporationを吸収合併
ゴードン・レイゾンドラム開発・製造・販売会社(DW)を子会社化★★
2024年〜DW社減損と蓑輪雅弘社長による構造立て直し(2024〜現在)蓑輪雅弘DWがRoland Drum Corporationを吸収合併
出典・参考
  • ローランド 決算説明会資料(2025年12月期)
  • ローランド 有価証券報告書【沿革】
  • ローランド 有価証券報告書【役員の状況】
  • ローランド 有価証券報告書 主要指標
  • ローランド 有価証券報告書【株式の状況】
  • ローランド 有価証券報告書【大株主の状況】
  • ローランド 有価証券報告書
  • 証券アナリストジャーナル28巻2号(1990年2月・梯郁太郎講演)

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