1972年4月、梯郁太郎氏が大阪府大阪市住吉区(現住之江区)に資本金3,300万円[1]でローランド株式会社を設立したのが原点である。梯氏は当時44歳で、それ以前は1960年に大阪市でエース電子工業株式会社を創業し電子オルガン製造を手がけていた経歴を持つ。エース電子工業の経営権がアメリカン・サン社(当時米国Hammond社系列)へ移った1972年に、梯氏は新たに独立してローランドを立ち上げ、エース電子の電子楽器事業の延長線上に同社の事業構想を置いた。1972年8月、ローランドブランド第1号商品となるリズムマシンを発表[2]、後のTR-808・TR-909等に連なるリズムマシン市場創出の起点を打った。
1972年11月にギターアンプ・エフェクター発売、[3]1973年3月には大阪府大阪市にエフェクター製造のメグ電子株式会社(後のボス株式会社)を設立、後のBOSSブランドの源流となった。[4]1973年4月にはシンセサイザー・電子ピアノを発表[5]、シンセサイザー市場参入を実現し、創業1年半で電子楽器の主要カテゴリ(リズムマシン・ギターアンプ・エフェクター・シンセサイザー・電子ピアノ)を揃えた。1976年5月にオーストラリア、1978年4月に米国、1981年1月にイギリス・ドイツと販売子会社[6]を立て続けに設立し、欧米主要国の直販体制を5年で整えた。
創業者・梯郁太郎氏自身、従来の楽器産業が木材加工・金属加工を基本技術としていたのに対し、ローランドの電子楽器はデジタル・LSI・コンピュータ・ソフトウェアを基本技術とする点で一線を画すと位置づけ、[7]創業当初はジャズ系・プロ向け楽器を中心に事業を展開し、一般家庭向けや教育用の楽器には手を広げなかったと1990年の講演で振り返っている。[8]ジャズ系・プロ向けという顧客層の狭さゆえに海外進出が不可避だったとして創業以来輸出に注力し、1990年時点で売上高の70%を輸出が占めるに至ったと説明し、[9]創業から18年目にあたる同時点で既にヤマハが80年、河合楽器が50年の歴史を持つ市場に参入していたことから、価格で下回るのではなく近い価格帯の中でむしろ一番高い値段を付ける差別化戦略を取ったとも述べている。[10]
1981年5月、大阪市住之江区にエフェクター・キット/コンピュータ周辺機器のアムデック株式会社(現ローランドディー.ジー.株式会社)を設立、後の3D造形・カッティング機器の源流を作った。1984年11月には大阪市に音楽教室(現ローランド・ミュージック・スクール)を開設、製造業から教育サービス事業への染み出しを始めた。1985年2月にはセット式電子ドラムを発表、後のV-Drums(電子ドラム世界標準)へ繋がる電子ドラム市場創出を始めた。1986年3月、静岡県引佐郡(現浜松市)に細江工場(現本社工場)が完成、主力生産拠点を関西から浜松へ移す転換点となった。
1989年12月、大阪証券取引所市場第二部に株式を上場、創業17[11]年で初の株式公開を果たした。梯氏は、ジャズ系中心の生産だけでは事業の安定性を欠くため一般家庭にも受け入れられる楽器を販売する必要があり、そのためには会社の知名度向上[12]が欠かせないとして株式上場を決意したと語っている。1990年9月に浜松研究所完成[13]、R&D拠点を浜松へ集約した。1998年6月の東京証券取引所市場第二部上場を経て、[14]1999年9月に東京証券取引所及び大阪証券取引所市場第一部銘柄に指定された。創業27年で東証一部到達は、戦後創業の電子楽器メーカーとして相応のスピード上場である。[15]1993年5月には本社を大阪市北区堂島浜に移転[16]、関西発の電子楽器メーカーから東京・浜松・大阪の多極構造への組替えが進んだ。
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|---|---|---|---|---|
| 1972〜1999年大阪発のリズムマシン世界市場創出と東証一部到達の27年 | ローランド設立 | ★ | ||
| ローランドブランド第1号商品となるリズムマシン発表 | ★ | |||
| エフェクター製造のメグ電子(後のボス)設立 | ★ | |||
| シンセサイザー、電子ピアノ発表 | ★★ | |||
| アムデックを設立 | ★ | |||
| 音楽教室開設 | ★ | |||
| セット式電子ドラム発表 | ★ | |||
| 細江工場が竣工 | ★ | |||
| 大阪証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |||
| 浜松研究所が竣工 | ★ | |||
| 開発と生産を分け、製品企画に特化する「プロデューサー制」への開発体制改革 1994年4月、電子楽器メーカーのローランドが、製品分野ごとに企画から生産までを一手に握る『プロダクトリーダー制』を改め、開発と生産を別組織に分けて製品企画に特化させる『プロデューサー制』へ開発体制を作り替えた経営判断。改良型に流れがちだった開発を、市場の変化を読んで新技術を生む仕組みへ組み替えた。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 檀克義 | 檀克義氏の第3代社長就任——技術先行の会社を営業出身のプロ経営者に託す 1996年4月1日、電子楽器メーカーのローランドで、創業者・梯郁太郎会長が営業畑一筋の檀克義氏を第3代社長に指名した経営判断。前社長の菊本忠男氏が就任からわずか9カ月余りで退任した後を受けた人事で、創業家でも技術者でもない営業出身のプロ経営者への承継となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 檀克義 | 都田工場が竣工 | ★ | ||
| 檀克義 | 東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | ||
| 2000〜2014年リーマン崩落から田中英一氏・三木純一氏の橋渡しとMBOの2014年 | 檀克義 | ローランド ディー.ジー.が東京証券取引所市場第二部に上場 | ★ | |
| 檀克義 | 生産会社設立 | ★ | ||
| 檀克義 | ビクター・テクニクス・ミュージックとローランド音楽教室を統合 | ★ | ||
| 檀克義 | ローランド ミュージック スタジオを設立 | ★ | ||
| 檀克義 | ベルギーとフランスの販売会社統合 | ★ | ||
| 三木純一 | 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 2014年5月14日、ローランドの三木純一社長は、大株主の米系投資ファンド、タイヨウ・ファンドと組み、経営陣とファンドが出資するSPC(常若コーポレーション)を通じてTOBで全株式を取得するMBO(経営陣による買収)を発表した。買収総額は約416億円であった。これに対し創業者の梯郁太郎氏が猛反発し、混乱の中でTOBは成立、同年10月に上場廃止に至った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木純一 | 東京証券取引所市場第一部上場廃止 | ★★ | ||
| 2014〜2024年MBO非公開期の構造改革と再上場後の3年 | 三木純一 | ローランドを存続会社として、常若コーポレーションと合併 | ★★ | |
| 三木純一 | ローランド ディー.ジー.株式の一部を売却 | ★★ | ||
| 三木純一 | ボスを吸収合併 | ★★ | ||
| 三木純一 | 販売会社と統括管理会社(持株会社)を統合 | ★ | ||
| 三木純一 | 東京証券取引所市場第一部に再上場 | ★ | ||
| 三木純一 | 販売会社を存続会社として、V-MODAとRoland VM Corporationを吸収合併 | ★ | ||
| ゴードン・レイゾン | ドラム開発・製造・販売会社(DW)を子会社化 | ★★ | ||
| 2024年〜DW社減損と蓑輪雅弘社長による構造立て直し(2024〜現在) | 蓑輪雅弘 | DWがRoland Drum Corporationを吸収合併 | ★ |
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事実根拠:出所(ローランド)