決断
標準品の電動機で市場を押さえ、その利益で生産の拠点を広げた会社である。1904年に陸海軍の指定工場となって信用と注文を得たのち、1906年には標準型の三相誘導電動機を「明電舎モートル」の名で商品化し、東京市内の三相交流電動機の約7割を占めた。その結果、1913年には市街地の明石町から郊外の大崎へ新工場を移し、1917年6月には資本金200万円の株式会社へ改組した。量産の工場と株式会社の組織を創業から20年で整えたことが、1935年の名古屋工場に始まる次の拡張の前提になった。
標準品の電動機で市場を押さえ、その利益で生産の拠点を広げた会社である。1904年に陸海軍の指定工場となって信用と注文を得たのち、1906年には標準型の三相誘導電動機を「明電舎モートル」の名で商品化し、東京市内の三相交流電動機の約7割を占めた。その結果、1913年には市街地の明石町から郊外の大崎へ新工場を移し、1917年6月には資本金200万円の株式会社へ改組した。量産の工場と株式会社の組織を創業から20年で整えたことが、1935年の名古屋工場に始まる次の拡張の前提になった。
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