スタンレー電気の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

電球の一本足に頼らず、早い時期から電機向けの部品を収益源に加えてきた会社である。1934年末に大阪支店を開設して東西の両市場へ販路を広げ、1936年末にホウロウ引抵抗器、1940年にはセレン整流器の製造を始めた。自動車の台数に売上が左右される電球だけに頼らない方針であった。その結果、戦時には両製品を量産して通信機や電波機器の部門へ納めた。空襲ののちは焼け跡に本社を建て直し、1949年に商標の名を社名へ戻した。電球と電機部品の二本立ては、戦災をくぐったのちも会社に残った。

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