小糸製作所 の歴史

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創業 1915年
創業者 小糸源六郎
創業地 東京都中央区京橋
創業
1915年4月、小糸源六郎が東京・京橋で個人経営の小糸源六郎商店を創業し、鉄道用の信号レンズと色硝子の販売を始めた。輸入したフレネルレンズを流通させる商売である。1923年の関東大震災で月島工場を焼失すると大崎の既設工場を買収して操業を続け、1929年の月島移転と同時に商号を小糸製作所へ改めて、輸入販売から自社製造へ移った。1935年2月に品川工場を新設し、1936年4月に資本金250万円で株式会社小糸製作所を設立する。戦時下は芝浦と静岡で航空機用電装品を、品川で照明兵器を作った。株式を東京・大阪の両証券取引所へ上場したのは1949年5月である。
決断
自動車照明という一品目のなかで、光源を三度入れ替えてきた。1951年から研究したオールグラス・シールドビームを量産するため、静岡工場に硝子工場と米国製の自動製造機械を入れ、1957年8月に同工場を小糸電機として分離独立させた。同年10月に生産を始め、1962年1月には小糸電機を再び吸収合併している。1968年には年間売上高の96%が自動車照明用部品で占められ、国内シェアは約60%に達した。以後は光源そのものを替え続け、1978年7月にハロゲン、1996年7月にHID、2007年5月には世界初のLEDヘッドランプを量産へ移した。世代交代のたびに設備を建て替える負担を負う代わりに、鉄道信号灯も船舶用照明も持たない専業の構成が110年続いた。
現況
売上の3割を占める米州が、利益をほとんど生んでいない。2026年3月期の連結売上高は9,476億円、営業利益514億円、純利益165億円。地域別では米州が売上3,286億円と全体の35%を占めながら営業利益は35億円で利益率1.1%にとどまり、日本は3,678億円で248億円、アジアは1,626億円で189億円と利益率11.7%に達する。中国は2024年3月期の823億円から533億円へ縮み、当期は72億円の減損損失を計上した。純利益が前期の462億円から165億円へ減少したのは、米州と中国で積み上がった特別損失273億円による。2025年1月に米セプトンテクノロジーズを完全子会社化し、照明で得た利益はLiDARの立ち上げと米州の採算改善へ同時に向かっている。
競合
小糸製作所を狙ったのは同業ではなく、株式を大量に取得した米投資家だった。1989年6月、ブーン・ピケンズ氏が渡辺喜太郎氏から小糸株の約20%を取得して筆頭株主となり、取締役の選任と増配を求める。これに対し小糸の取締役会は系列と株式の持合いを支えに株主総会でくり返し否決した。ピケンズ氏は1990年に持株比率を26.4%へ引き上げたが支配には届かず、1991年に撤退した。持合いを解かなかったことで系列の取引は保たれ、現在もトヨタ自動車・トヨタ車体・ダイハツ工業・日野自動車へ納める一方、ホンダ・日産自動車・スバル・マツダ、フォード・GM・テスラ、フォルクスワーゲン・BMW、現代自動車・上汽集団にも供給している。外部の株主より系列の取引関係を優先した1991年の決着が、この供給先の広さと、トヨタが主要株主であり続ける構図を同時に残した。
小糸製作所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

創業ストーリー 鉄道信号灯フレネルレンズ販売から自動車ヘッドランプ専業メーカーへの転換 (1915年〜)

小糸源六郎商店の創業と戦前期の事業基盤確立

1915年4月、小糸源六郎が東京・京橋[1](現在の中央区)で個人経営の小糸源六郎商店を創業し、鉄道用信号レンズと色硝子[2]の販売を開始した。これが小糸製作所の濫觴である。フレネルレンズは灯台・信号灯・車両前照灯に使われる集光レンズで、明治末期から大正初期にかけての鉄道インフラ拡張期に、輸入レンズの国内流通から事業が立ち上がった。1923年の関東大震災で月島工場を焼失したため、ただちに大崎の既設工場を買収して操業を続け、1929年に月島工場へ移転すると同時に、商号を小糸製作所[3]と改めた。輸入販売から自社製造へと事業を移し、鉄道照明から出発した供給基盤がこの時期に形づくられた。

  • 有価証券報告書
    • [1]1915年4月 小糸源六郎が東京・京橋で小糸源六郎商店を創業、鉄道信号灯用フレネルレンズの販売を開始
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [2]創業時の取扱品は鉄道用信号レンズと色硝子。源六郎個人経営の小糸源六郎商店が同社の起源
    • [3]1923年の関東大震災で月島工場を焼失、大崎の既設工場を買収して操業継続、1929年に月島工場へ移転すると同時に商号を小糸製作所と改称

1929年の改称以降、自動車前照灯・投光器・探照灯・航空照明、さらに陸軍用照明兵器などへ品目を広げ[4]、1935年2月に現在の品川工場を新設移転して自社製造体制の出発点とした[5]。1936年4月に株式会社小糸製作所を設立(資本金250万円)、[6]法人化を完了させる。戦時体制のもとで1940年に芝浦工場、1943年に静岡工場を開設し、芝浦・静岡で航空機用電装品を量産、品川工場[7]では照明兵器を生産して終戦に至った。終戦後は芝浦工場を閉鎖して鉄道用部品などの生産を続けたが[8]、1955年頃から自動車工業が本格的な成長期を迎えると、同社も発展期に入った。1949年5月には株式を東京・大阪両証券取引所へ上場し[9]、戦後の資本市場アクセスを得ている。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [4]1929年改称後、自動車前照灯・投光器・探照灯・航空照明・陸軍用照明兵器などへ生産品目を拡大
    • [7]戦時体制下に1940年芝浦工場・1943年静岡工場を開設、芝浦・静岡で航空機用電装品を量産、品川工場で照明兵器を生産
    • [8]終戦後に芝浦工場を閉鎖して鉄道用部品の生産を継続、1955年頃から自動車工業の本格的成長期で発展期に入った
  • 有価証券報告書
    • [5]1935年2月 品川工場を新設移転
    • [6]1936年4月 株式会社小糸製作所設立、資本金250万円
    • [9]1949年5月 株式を東京・大阪両証券取引所に上場
  • 有価証券報告書
    • [1]1915年4月 小糸源六郎が東京・京橋で小糸源六郎商店を創業、鉄道信号灯用フレネルレンズの販売を開始
    • [5]1935年2月 品川工場を新設移転
    • [6]1936年4月 株式会社小糸製作所設立、資本金250万円
    • [9]1949年5月 株式を東京・大阪両証券取引所に上場
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [2]創業時の取扱品は鉄道用信号レンズと色硝子。源六郎個人経営の小糸源六郎商店が同社の起源
    • [3]1923年の関東大震災で月島工場を焼失、大崎の既設工場を買収して操業継続、1929年に月島工場へ移転すると同時に商号を小糸製作所と改称
    • [4]1929年改称後、自動車前照灯・投光器・探照灯・航空照明・陸軍用照明兵器などへ生産品目を拡大
    • [7]戦時体制下に1940年芝浦工場・1943年静岡工場を開設、芝浦・静岡で航空機用電装品を量産、品川工場で照明兵器を生産
    • [8]終戦後に芝浦工場を閉鎖して鉄道用部品の生産を継続、1955年頃から自動車工業の本格的成長期で発展期に入った

オールグラス・シールドビームヘッドランプの開発と自動車ヘッドランプ事業の本格化

自動車用照明器具に社運を賭けた小糸製作所は、全硝子製シールドビーム・ヘッドランプを量産するため、静岡工場に硝子工場を新設し、一連の米国製自動製造機械を設置した。[10]当時としては大きな冒険で、静岡工場を分離独立させて1957年8月に小糸電機株式会社として発足させたことにもそれは表れている。[11]同年10月にオールグラス・シールドビームヘッドランプの生産[12]・販売を開始し、自動車ヘッドランプ事業が本格化した。シールドビームはレンズ・反射板・電球を一体化したヘッドランプで、小糸製作所は日本市場での生産・販売の中心メーカーとして戦後の自動車産業の拡大とともに事業を伸ばし、1968年8月には米国イリノイ州にシカゴ事務所を開設して北米市場の開拓に乗り出した。[13]

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]全硝子製シールドビーム量産のため静岡工場に硝子工場を新設し、一連の米国製自動製造機械を設置。大きな冒険として静岡工場を分離独立させ小糸電機として発足
  • 有価証券報告書
    • [11]1957年8月 小糸電機株式会社設立(静岡工場を分離独立)
    • [12]1957年10月 オールグラス・シールドビームヘッドランプの生産・販売開始
    • [13]1968年8月 米国イリノイ州にシカゴ事務所開設

シールドビームへの集中はやがて実を結んだ。1961年にはプレス・静電塗装・自動メッキ・組立を合理化[14]した総合工場を完成させ、1962年1月に小糸電機を再び吸収合併して一体となる。これにより小糸製作所は自動車用照明器具のトップメーカーとして約60%のシェアを確保し、1968年時点で年間売上高は約100億円[15]、その96%が自動車照明用部品で占められた。海外の自動車メーカーからも照明器の引き合いが寄せられ[16]、輸出が期待される段階に達していた。技術革新も途切れず、1978年7月にはハロゲンヘッドランプの生産・販売を開始し、シールドビームに比べ明るさと寿命を高めた次世代ヘッドランプへ歩を進めた。[17]こうして1970年代の小糸製作所は、鉄道信号灯や船舶・航空機向け照明など創業当初の事業から距離を置き、自動車ヘッドランプの専業メーカーへと業態を絞り込んだ。

  • 有価証券報告書
    • [14]1961年にプレス・静電塗装・自動メッキ・組立を合理化した総合工場を完成、1962年1月に小糸電機を再び吸収合併して一体化
    • [17]1978年7月 ハロゲンヘッドランプの生産・販売開始
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [15]自動車用照明器具のトップメーカーとして約60%のシェアを確保、1968年時点で年間売上高約100億円・その96%が自動車照明用部品
    • [16]海外の自動車メーカーから照明器の引き合いがあり輸出が期待される段階
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]全硝子製シールドビーム量産のため静岡工場に硝子工場を新設し、一連の米国製自動製造機械を設置。大きな冒険として静岡工場を分離独立させ小糸電機として発足
    • [15]自動車用照明器具のトップメーカーとして約60%のシェアを確保、1968年時点で年間売上高約100億円・その96%が自動車照明用部品
    • [16]海外の自動車メーカーから照明器の引き合いがあり輸出が期待される段階
  • 有価証券報告書
    • [11]1957年8月 小糸電機株式会社設立(静岡工場を分離独立)
    • [12]1957年10月 オールグラス・シールドビームヘッドランプの生産・販売開始
    • [13]1968年8月 米国イリノイ州にシカゴ事務所開設
    • [14]1961年にプレス・静電塗装・自動メッキ・組立を合理化した総合工場を完成、1962年1月に小糸電機を再び吸収合併して一体化
    • [17]1978年7月 ハロゲンヘッドランプの生産・販売開始

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小糸製作所の沿革1915〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1915〜1980年鉄道信号灯フレネルレンズ販売から自動車ヘッドランプ専業メーカーへの転換小糸源六郎商店創業(東京・京橋)、鉄道信号灯用フレネルレンズの販売開始
品川工場を新設
小糸製作所設立
静岡工場を新設
株式を東京、大阪両証券取引所に上場
小糸電機設立
オールグラス・シールドビームヘッドランプ生産・販売開始★★
小糸電機を吸収合併
シカゴ事務所開設
ハロゲンヘッドランプ生産・販売開始★★
1981〜2015年グローバル拠点展開とLEDヘッドランプの市場立ち上げ大嶽俊郎ノースアメリカンライティングインク設立
松浦高雄タイコイトカンパニーリミテッド設立
松浦高雄台湾大億交通工業製造股份有限公司へ資本参加
松浦高雄上海小糸車灯有限公司設立★★
松浦高雄米投資家ピケンズによる株式大量取得と取締役選任・増配要求への対応

1989年、米国の企業買収家T・ブーン・ピケンズが率いるブーン社が、日本の実業家・渡辺喜太郎から小糸製作所株の約20%を取得して筆頭株主となり、取締役3名の選任・増配・会計資料の開示を要求した。トヨタ自動車を主要株主・主要顧客とする小糸の取締役会は、この要求を株主総会でくり返し否決し、ピケンズは1991年に撤退した。

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★★★
長村義郎ディスチャージヘッドランプ生産・販売開始
長村義郎インディアジャパンライティングプライベートリミテッド設立
加藤順介タイコイトカンパニーリミテッドを子会社化
加藤順介ブライタックスベガリミテッドを子会社化
加藤順介ノースアメリカンライティングインクを子会社化
大嶽隆司世界初の水銀フリーディスチャージヘッドランプ生産・販売開始
大嶽隆司中国福州大億灯具工業有限公司を子会社化
大嶽隆司小糸九州設立
大嶽隆司広州小糸車灯有限公司設立
大嶽隆司世界初のLEDヘッドランプ生産・販売開始★★
大嶽昌宏PT.インドネシアコイト設立
大嶽昌宏小糸工業の航空機シート事業以外を会社分割でコイト電工に承継★★
大嶽昌宏小糸工業がKIHDに商号変更
大嶽昌宏ノースアメリカンライティングメキシコ設立
大嶽昌宏創業100周年を迎える
2016〜2025年LiDAR・ADAS時代への構造転換とセプトンテクノロジーズ買収加藤充明インディアジャパンライティングプライベートリミテッド グジャラート工場を新設
加藤充明福州小糸大億車灯有限公司を完全子会社化、福州小糸車灯有限公司に商号変更
加藤充明セプトンテクノロジーズインク等7社を子会社化★★
出典・参考
  • 有価証券報告書
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)

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