1933年〜 彦根の織物工場が乗員拘束装置にたどり着くまで
- 1956年自動車用乗員拘束装置、農工業用灌漑ホース等の製造及び販売を目的として、滋賀県彦根市に株式会社高田工場を設立(資本金1千万円)
- 1960年シートベルトの製造・販売を開始
- 1969年本店所在地を東京都港区に移転
- 1977年チャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売
- 1980年韓国にDuck Boo International Co., Ltd.を合弁設立し、シートベルトの製造・販売を開始(2004年11月に合弁解消)
- 1983年商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社に変更
- 1984年米州地域初の拠点として、米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立し、シートベルトの製造を開始(1992年に合弁を解消し完全子会社化)
タカタの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
織物から救命ロープ、そしてシートベルトへの転換
タカタの出発点は、1933年に滋賀県彦根市で高田武三氏が興した織物業にある。琵琶湖に近い彦根は地下水に恵まれ、繊維の産地として知られていた。同社は織物技術を船舶用の救命ロープへ応用し、人命を支える紐という一貫した製品系列を早い段階で手にしている。1956年11月には自動車用乗員拘束装置と農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的として、資本金1千万円で株式会社高田工場を設立した。設立時点の定款に自動車用乗員拘束装置が掲げられている点は重要で、自動車の安全部品への進出は事業の派生ではなく設立目的そのものだった。 [1][2]
- [1]1933年 滋賀県彦根市で高田武三が織物業として創業
- タカタ 有価証券報告書【沿革】
- [2]1956年11月 自動車用乗員拘束装置・農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的に資本金1千万円で株式会社高田工場を設立(滋賀県彦根市)
転換の引き金は、創業者の高田武三氏が戦後に渡米してパラシュートの研究を視察したことにあった。武三氏はそこで自動車用シートベルトの開発が始まっていることを知り、日本でも同じ装備が必要になると判断した。当時の日本では、シートベルトを備えた乗用車はほとんど存在しない。需要が見えないところへ設備と人を先に置く判断であり、織物とロープで培った繊維技術という手持ちの資産があってはじめて成立した賭けでもあった。1960年12月、同社はシートベルトの製造・販売を開始する。乗員拘束装置を設立目的に掲げてから4年後のことだった。 [3][4]
- [3]創業者の高田武三が戦後に渡米しパラシュート研究を視察、自動車用シートベルト開発を知って国内での必要性を確信
- タカタ 有価証券報告書【沿革】
- [4]1960年12月 シートベルトの製造・販売を開始
- [1]1933年 滋賀県彦根市で高田武三が織物業として創業
- [3]創業者の高田武三が戦後に渡米しパラシュート研究を視察、自動車用シートベルト開発を知って国内での必要性を確信
- タカタ 有価証券報告書【沿革】
- [2]1956年11月 自動車用乗員拘束装置・農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的に資本金1千万円で株式会社高田工場を設立(滋賀県彦根市)
- [4]1960年12月 シートベルトの製造・販売を開始
ホンダへの直談判が開いた国内初の標準装備
製品があっても、装着を決めるのは完成車メーカーである。2代目の高田重一郎氏は、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏にシートベルトの必要性を直接説いた。本田氏はその場で理解を示し、1963年に発表・発売されたS500に2点式シートベルトが標準装備される。日本車で初の標準装備であり、法規制も社会的な要請もない時期に一社の判断で採用された。この一件は、タカタの営業が個々の技術者ではなく完成車メーカーの経営者へ届く距離にあったことを示している。ホンダとの関係は、のちにエアバッグの共同開発へ、そして半世紀後にはリコール費用の負担交渉へと形を変えて続いた。 [5]
- [5]2代目の高田重一郎が本田宗一郎にシートベルトの必要性を直談判、1963年発売のS500に日本初の2点式シートベルト標準装備
1969年11月に本店を東京都港区へ移し、1977年12月にはチャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売した。乗員拘束という一つの原理を、大人向けのベルトから乳幼児向けの座席へ広げた展開である。1980年6月には韓国にDuck Boo International Co., Ltd.を合弁設立してシートベルトの製造・販売を始め、1983年12月に商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社へ改めた。1984年6月には米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立し、米州で初めてシートベルトの生産を始めている。彦根の織物工場から数えて半世紀弱で、同社は日米韓に生産拠点を持つ部品メーカーになった。 [6][7][8]
- タカタ 有価証券報告書【沿革】
- [6]1977年12月 チャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売
- [7]1983年12月 商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社に変更
- [8]1984年6月 米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立、米州初のシートベルト生産
- [5]2代目の高田重一郎が本田宗一郎にシートベルトの必要性を直談判、1963年発売のS500に日本初の2点式シートベルト標準装備
- タカタ 有価証券報告書【沿革】
- [6]1977年12月 チャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売
- [7]1983年12月 商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社に変更
- [8]1984年6月 米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立、米州初のシートベルト生産