{
  "title": "タカタの歴史概略",
  "sections": [
    {
      "start_year": 1933,
      "end_year": 1986,
      "main_title": "彦根の織物工場が乗員拘束装置にたどり着くまで",
      "subsections": [
        {
          "title": "織物から救命ロープ、そしてシートベルトへの転換",
          "text": "タカタの出発点は、1933年に滋賀県彦根市で高田武三氏が興した織物業にある。琵琶湖に近い彦根は地下水に恵まれ、繊維の産地として知られていた。同社は織物技術を船舶用の救命ロープへ応用し、人命を支える紐という一貫した製品系列を早い段階で手にしている。1956年11月には自動車用乗員拘束装置と農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的として、資本金1千万円で株式会社高田工場を設立した。設立時点の定款に自動車用乗員拘束装置が掲げられている点は重要で、自動車の安全部品への進出は事業の派生ではなく設立目的そのものだった。\n\n転換の引き金は、創業者の高田武三氏が戦後に渡米してパラシュートの研究を視察したことにあった。武三氏はそこで自動車用シートベルトの開発が始まっていることを知り、日本でも同じ装備が必要になると判断した。当時の日本では、シートベルトを備えた乗用車はほとんど存在しない。需要が見えないところへ設備と人を先に置く判断であり、織物とロープで培った繊維技術という手持ちの資産があってはじめて成立した賭けでもあった。1960年12月、同社はシートベルトの製造・販売を開始する。乗員拘束装置を設立目的に掲げてから4年後のことだった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1933年 滋賀県彦根市で高田武三が織物業として創業",
                "source": "AHEAD 日本の誇れる企業 vol.1 タカタ株式会社",
                "url": "https://car-me.jp/ahead/articles/10214",
                "genbun": "タカタの出発点は、1933年に滋賀県彦根市で高田武三氏が興した織物業にある"
              },
              {
                "fact": "1956年11月 自動車用乗員拘束装置・農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的に資本金1千万円で株式会社高田工場を設立（滋賀県彦根市）",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1956年11月には自動車用乗員拘束装置と農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的として、資本金1千万円で株式会社高田工場を設立した"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "創業者の高田武三が戦後に渡米しパラシュート研究を視察、自動車用シートベルト開発を知って国内での必要性を確信",
                "source": "AHEAD 日本の誇れる企業 vol.1 タカタ株式会社",
                "url": "https://car-me.jp/ahead/articles/10214",
                "genbun": "創業者の高田武三氏が戦後に渡米してパラシュートの研究を視察したことにあった"
              },
              {
                "fact": "1960年12月 シートベルトの製造・販売を開始",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1960年12月、同社はシートベルトの製造・販売を開始する"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "ホンダへの直談判が開いた国内初の標準装備",
          "text": "製品があっても、装着を決めるのは完成車メーカーである。2代目の高田重一郎氏は、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏にシートベルトの必要性を直接説いた。本田氏はその場で理解を示し、1963年に発表・発売されたS500に2点式シートベルトが標準装備される。日本車で初の標準装備であり、法規制も社会的な要請もない時期に一社の判断で採用された。この一件は、タカタの営業が個々の技術者ではなく完成車メーカーの経営者へ届く距離にあったことを示している。ホンダとの関係は、のちにエアバッグの共同開発へ、そして半世紀後にはリコール費用の負担交渉へと形を変えて続いた。\n\n1969年11月に本店を東京都港区へ移し、1977年12月にはチャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売した。乗員拘束という一つの原理を、大人向けのベルトから乳幼児向けの座席へ広げた展開である。1980年6月には韓国にDuck Boo International Co., Ltd.を合弁設立してシートベルトの製造・販売を始め、1983年12月に商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社へ改めた。1984年6月には米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立し、米州で初めてシートベルトの生産を始めている。彦根の織物工場から数えて半世紀弱で、同社は日米韓に生産拠点を持つ部品メーカーになった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2代目の高田重一郎が本田宗一郎にシートベルトの必要性を直談判、1963年発売のS500に日本初の2点式シートベルト標準装備",
                "source": "AHEAD 日本の誇れる企業 vol.1 タカタ株式会社",
                "url": "https://car-me.jp/ahead/articles/10214",
                "genbun": "1963年に発表・発売されたS500に2点式シートベルトが標準装備される"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1977年12月 チャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1977年12月にはチャイルドシート「ガーディアンデラックス」を発売した"
              },
              {
                "fact": "1983年12月 商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社に変更",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1983年12月に商号を株式会社高田工場からタカタ株式会社へ改めた"
              },
              {
                "fact": "1984年6月 米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立、米州初のシートベルト生産",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1984年6月には米国ミシガン州にTakata Fisher Corporationを合弁設立し、米州で初めてシートベルトの生産を始めている"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 1987,
      "end_year": 1999,
      "main_title": "エアバッグ参入と、買収でつくった三極生産体制",
      "subsections": [
        {
          "title": "懐疑のなかで始めた運転席用エアバッグの量産",
          "text": "1980年代の自動車業界では、エアバッグの効果に懐疑的な見方が支配的だった。日系メーカーで最初にエアバッグを搭載したホンダが量産への協力を求めた相手が、当時シートベルトメーカーだったタカタである。1987年9月、同社は滋賀県の愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を開始した。1990年10月には同じ製造所で助手席用の生産を始め、1991年5月には佐賀県多久市に国内エアバッグモジュール専用の生産拠点としてタカタ九州株式会社を設立している。シートベルトが繊維技術の延長線上にあったのに対し、エアバッグは火薬と電子制御を含む別種の製品だった。\n\nエアバッグは、部品を買い集めて組み立てるだけでは供給責任を負えない製品である。同社は基幹部品を自前で持つ道を選んだ。1991年6月に米国ミシガン州へ研究開発拠点のAutomotive Systems Laboratory, Inc.を設け、同年12月には米国ワシントン州にTakata Moses Lake Inc.を設立してインフレータの製造を始めている。インフレータはガスを発生させて0.04秒でバッグを膨らませる装置で、火薬を扱う。ここを内製化した判断は、供給の安定と原価の両面で合理的だった。同時にそれは、火薬の選択という後年の分岐点を自社の責任範囲に取り込む決定でもあった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "日系メーカーで初めてエアバッグを搭載したホンダが、1980年代にシートベルトメーカーだったタカタへ量産協力を要請",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「ホンダ３つの失敗 危機は日米同時多発的に起きた」",
                "url": null,
                "genbun": "日系メーカーで最初にエアバッグを搭載したホンダが量産への協力を求めた相手が、当時シートベルトメーカーだったタカタである"
              },
              {
                "fact": "1987年9月 滋賀県愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を開始",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1987年9月、同社は滋賀県の愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を開始した"
              },
              {
                "fact": "1991年5月 佐賀県多久市にタカタ九州株式会社を設立（国内エアバッグモジュール製造拠点）",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1991年5月には佐賀県多久市に国内エアバッグモジュール専用の生産拠点としてタカタ九州株式会社を設立している"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1991年12月 米国ワシントン州にTakata Moses Lake Inc.（現Inflation Systems Inc.）を設立しインフレータ製造を開始",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年12月には米国ワシントン州にTakata Moses Lake Inc.を設立してインフレータの製造を始めている"
              },
              {
                "fact": "エアバッグはセンサーが衝突を感知してから約0.04秒でバッグが膨らむ",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "インフレータはガスを発生させて0.04秒でバッグを膨らませる装置で、火薬を扱う"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "買収を重ねて三極に置いた生産と統括",
          "text": "1988年から1992年にかけて、同社は米欧で買収と拠点設立を連ねた。1988年3月に米国Burlington社の産業資材部門を買収してHighland Industries, Inc.を設立し、同年10月には英国のEuropean Components Co., Ltd.へ80％を資本参加して欧州初の製造拠点を得た。1989年3月に米国Gateway Industries Inc.を買収してOccupant Safety Systems Inc.とし、同年5月には米国Irvin Industries Inc.を買収して内装トリムへ進んでいる。同年11月には米州の統括・持株会社としてTK HOLDINGS INC.を設立し、1992年4月にはシンガポールへアジア地域の持株会社を置いた。完成車メーカーが世界同時に車を立ち上げる時代に入り、部品メーカーには供給地の三極化が求められていた。\n\nアジアでの展開も同じ時期に始まる。1994年7月にタイでTAKATA-TOA CO., LTD.を合弁設立し、1997年3月にブラジル、同年4月にフィリピンへ拠点を置いた。1990年代の終わりまでに、同社は日本・米州・欧州・アジアの四つの地域で生産と販売を持つ構造をつくり終えている。この地域別の枠組みはのちに報告セグメントそのものとなり、破綻の直前まで経営管理の単位として維持された。買収で広げた版図は、供給責任を果たす能力であると同時に、ひとたび製品に欠陥が見つかったときに損害が世界へ同時に広がる経路でもあった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1988年3月 米Burlington社の産業資材部門を買収しHighland Industries, Inc.を設立",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "1988年3月に米国Burlington社の産業資材部門を買収してHighland Industries, Inc.を設立し"
              },
              {
                "fact": "1988年10月 英European Components Co., Ltd.に80％資本参加、欧州初の製造拠点",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年10月には英国のEuropean Components Co., Ltd.へ80％を資本参加して欧州初の製造拠点を得た"
              },
              {
                "fact": "1989年11月 米州の統括・持株会社としてTK HOLDINGS INC.を設立",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年11月には米州の統括・持株会社としてTK HOLDINGS INC.を設立し"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "1994年7月 タイにTAKATA-TOA CO., LTD.を合弁設立、1997年3月ブラジル・同年4月フィリピンに拠点設立",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
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                "genbun": "1994年7月にタイでTAKATA-TOA CO., LTD.を合弁設立し、1997年3月にブラジル、同年4月にフィリピンへ拠点を置いた"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 2000,
      "end_year": 2007,
      "main_title": "世界2位への到達と、火薬の選択、そして創業家支配の制度化",
      "subsections": [
        {
          "title": "PETRI買収で得たステアリングと欧州の量",
          "text": "2000年6月、同社はドイツの大手ステアリングメーカーPETRI AGを買収し、TAKATA-PETRI AGを設立した。運転席用エアバッグはステアリングホイールの内部に収まるため、両者を一体で設計・供給できる企業は完成車メーカーにとって発注先を減らせる相手になる。買収により欧州の量と顧客基盤を同時に得た同社は、シートベルト・エアバッグ・ステアリング・内装トリム・チャイルドシートを揃える安全部品の総合メーカーとなった。エアバッグでの世界シェアは約2割となり、スウェーデンのオートリブ、米TRWオートモーティブと合わせて上位3社で世界の8割を占める寡占構造ができあがった。\n\n買収の効果は拠点網の再編として現れた。2004年8月にルーマニアへTAKATA-PETRI Sibiu S.R.L.を設けてエアバッグ用ファブリックの生産を始め、2012年11月には点火装置のSDI Molan GmbH & Co.KGを、2013年10月にはハンガリーの生産拠点を加えている。西欧で得た顧客に対し、東欧の低い製造コストで供給する形ができた。2016年3月期の欧州セグメントの外部顧客向け売上高は1,706億円で、連結売上高の24％にあたる。1988年に英国の1社へ資本参加して始まった欧州事業は、四半世紀を経て米州に次ぐ規模へ育った。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2000年6月 ドイツの大手ステアリングメーカーPETRI AGを買収しTAKATA-PETRI AGを設立",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2000年6月、同社はドイツの大手ステアリングメーカーPETRI AGを買収し、TAKATA-PETRI AGを設立した"
              },
              {
                "fact": "エアバッグ世界シェアはオートリブ4割・タカタ2割・ZF TRW2割で上位3社が8割を占める",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "エアバッグでの世界シェアは約2割となり、スウェーデンのオートリブ、米TRWオートモーティブと合わせて上位3社で世界の8割を占める寡占構造ができあがった"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2004年8月ルーマニアにTAKATA-PETRI Sibiu S.R.L.設立、2012年11月SDI Molan GmbH & Co.KG買収、2013年10月ハンガリーに生産拠点設立",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2004年8月にルーマニアへTAKATA-PETRI Sibiu S.R.L.を設けてエアバッグ用ファブリックの生産を始め"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "硝酸アンモニウムという他社と違う選択",
          "text": "インフレータのガス発生剤には火薬が使われる。1990年代まではアジ化ナトリウムが主流だったが、毒性を理由に使用できなくなり、各社は代替を探した。タカタが選んだのは硝酸アンモニウムで、他社は硝酸グアニジンを採用している。硝酸アンモニウムはガス発生力に優れる反面、温度による体積変化があり、吸湿しやすい。形状が崩れれば空気と触れる面積が増え、想定を超える圧力を生む。ただし体積変化は添加剤で抑えられ、吸湿も製造工程の湿度管理と密封で防げる。この難しい火薬の量産技術を確立したのがタカタであり、当時この選択は技術的な達成として理解できるものだった。\n\n誤算があったとすれば、それは製造工程ではなく時間の扱いにあった。同社は製品化にあたって加速劣化試験を行い、耐久性を確認している。しかし試験で設定した条件よりも、米国南部のような高温多湿地域で十数年使われる実際の環境のほうが厳しかったのではないか、との見方が後年の専門家から出た。自動車用エアバッグには耐用年数が定められておらず、車の寿命と同じだけ安全に働くことが前提になっている。エアバッグメーカーの技術者自身が、それほどの長期間は保証できないと証言する製品を、業界全体が期限のない部品として扱ってきた。硝酸アンモニウムの選択は、その業界前提の上でだけ成立していた。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "1990年代に使われたアジ化ナトリウムが毒性で使用禁止となり、タカタは硝酸アンモニウム、他社は硝酸グアニジンを採用",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "タカタが選んだのは硝酸アンモニウムで、他社は硝酸グアニジンを採用している"
              },
              {
                "fact": "硝酸アンモニウムはガス発生力に優れる反面、温度による体積変化と吸湿性という欠点を持ち、形状が崩れると想定を超える爆発力を生む",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "硝酸アンモニウムはガス発生力に優れる反面、温度による体積変化があり、吸湿しやすい"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "タカタは加速劣化試験で耐久性を確認していたが、設定条件より実際の使用環境が厳しく硝酸アンモニウムの形状が崩れるとの見方が専門家から示された",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "しかし試験で設定した条件よりも、米国南部のような高温多湿地域で十数年使われる実際の環境のほうが厳しかったのではないか、との見方が後年の専門家から出た"
              },
              {
                "fact": "自動車用エアバッグには耐用年数が定められておらず、技術者は長期間の保証はできないと証言している",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "自動車用エアバッグには耐用年数が定められておらず、車の寿命と同じだけ安全に働くことが前提になっている"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "分社と上場でつくった創業家6割の資本構造",
          "text": "2004年1月、同社はタカタ事業企画株式会社を資本金2億円で設立し、同年4月に分社型会社分割で旧タカタ株式会社から自動車安全部品にかかる営業を承継して商号をタカタ株式会社に改めた。営業を手放した旧会社はTKJ株式会社となり、事業会社の株式を保有する側に回っている。2006年11月に東京証券取引所市場第一部へ上場したとき、筆頭株主はこのTKJ株式会社で持株比率は53.3％だった。高田家個人の持分を合わせると創業家の支配は約6割に達する。上場は資金調達と信用の手段であると同時に、支配権を保ったまま市場から資金を得る設計でもあった。\n\n経営の側でも世代の受け渡しが進んだ。高田重一郎氏は社長を33年務め、2005年には自動車の安全への貢献が認められて部品メーカーとして初めて米運輸省道路交通安全局（NHTSA）の特別功労賞を受けている。安全部品の分野で当局から表彰された企業が、10年後には同じ当局から制裁を科される側に立った。2007年6月、重一郎氏の長男である高田重久氏が代表取締役社長に就いた。重久氏は1988年に旧タカタへ入社し、2004年の分社と同時に新会社の代表取締役専務となっていた人物で、創業家3代目にあたる。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2004年4月 分社型会社分割で旧タカタ株式会社（現TKJ株式会社）から自動車安全部品事業を承継し商号をタカタ株式会社に変更",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "同年4月に分社型会社分割で旧タカタ株式会社から自動車安全部品にかかる営業を承継して商号をタカタ株式会社に改めた"
              },
              {
                "fact": "2006年11月 東証一部上場、2007年3月期末の筆頭株主はTKJ株式会社で53.3％",
                "source": "タカタ 有価証券報告書",
                "url": null,
                "genbun": "2006年11月に東京証券取引所市場第一部へ上場したとき、筆頭株主はこのTKJ株式会社で持株比率は53.3％だった"
              },
              {
                "fact": "高田一族の持ち株比率は約6割",
                "source": "週刊東洋経済 2016年6月25日号「自動車 風雲急」",
                "url": null,
                "genbun": "高田家個人の持分を合わせると創業家の支配は約6割に達する"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "高田重一郎は社長を33年務め、2005年に部品メーカーとして初めてNHTSAの特別功労賞を受賞",
                "source": "週刊東洋経済 2014年12月6日号「相次ぐエアバッグ欠陥 追い込まれるタカタ」",
                "url": null,
                "genbun": "高田重一郎氏は社長を33年務め、2005年には自動車の安全への貢献が認められて部品メーカーとして初めて米運輸省道路交通安全局（NHTSA）の特別功労賞を受けている"
              },
              {
                "fact": "2007年6月 高田重久が代表取締役社長に就任（1988年4月旧タカタ入社、2004年4月当社代表取締役専務取締役）",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【役員の状況】",
                "url": null,
                "genbun": "2007年6月、重一郎氏の長男である高田重久氏が代表取締役社長に就いた"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    },
    {
      "start_year": 2008,
      "end_year": 2017,
      "main_title": "リコールの連鎖から民事再生へ、負債1兆円の幕切れ",
      "subsections": [
        {
          "title": "2008年に始まった回収と、拡大していく対象",
          "text": "2008年11月、ホンダがタカタ製エアバッグのリコールを届け出た。衝突時にインフレータの金属容器が破裂して金属片が飛び散るという内容で、原因は米国とメキシコの製造拠点で重なった不備にあるとされた。その後、検査漏れや記録の不備が判明するたびに対象は広がり、トヨタなど他の日系メーカーや欧米メーカーにも及んでいる。2013年3月期には300億円の特別損失を計上して211億円の最終赤字に転落した。それでも受注そのものは減っていない。数年先の車種まで搭載部品が確定しており、専用設計された部品を短期間で置き換える方法がなかったためである。\n\n2014年10月、米ニューヨーク・タイムズ紙が1面でタカタを名指しした報道を機に、問題は米国の社会問題になった。同年11月にNHTSAは、フロリダなど南部に限っていた調査リコールを運転席側について全米へ拡大するよう求めた。ここでタカタは応じなかった。不具合の原因が不明であること、交換部品の供給が間に合わないことを理由に、12月3日の米下院公聴会でも拡大には応じられないと述べている。この判断には技術上の理由がある。原因を特定しないまま回収範囲を広げても、交換した部品が同じ欠陥を持つ可能性は消えないからである。しかし当局と世論が求めていたのは原因の説明ではなく、危険の除去だった。\n\n拒否は最も高くついた選択となった。それまで足並みを揃えていたホンダが態度を変え、全米への拡大を表明する。マツダ、フォード、クライスラー、独BMWが続き、タカタは供給先の支持を失った。皮肉なことに、この時期の業績は伸び続けている。売上高は2014年3月期の5,570億円から2016年3月期には7,180億円まで増え、従業員数も5万人を超えた。世界シェア2位の部品を突然止めれば自動車生産そのものが停まるという事情が、信用を失った企業の受注を支えていた。当局と世論から追い込まれるほど、取引先は同社の製品を買い続けるほかなかった。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2008年11月 ホンダがタカタ製エアバッグのリコールを届け出（インフレータ破裂・火災のおそれ）",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "2008年11月、ホンダがタカタ製エアバッグのリコールを届け出た"
              },
              {
                "fact": "2013年3月期に300億円の特別損失を計上し211億円の最終赤字",
                "source": "週刊東洋経済 2014年12月6日号「相次ぐエアバッグ欠陥 追い込まれるタカタ」",
                "url": null,
                "genbun": "2013年3月期には300億円の特別損失を計上して211億円の最終赤字に転落した"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2014年10月 米ニューヨーク・タイムズ紙1面がタカタを名指しし、全米メディアがエアバッグ破裂を報じた",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「ホンダ３つの失敗 危機は日米同時多発的に起きた」",
                "url": null,
                "genbun": "2014年10月、米ニューヨーク・タイムズ紙が1面でタカタを名指しした報道を機に、問題は米国の社会問題になった"
              },
              {
                "fact": "2014年11月18日 NHTSAが運転席側の調査リコールを全米へ拡大するよう要請、12月3日の米下院公聴会でタカタは消極姿勢を表明",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "12月3日の米下院公聴会でも拡大には応じられないと述べている"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "ホンダが全米拡大を表明し、マツダ・フォード・クライスラー・独BMWが続いた",
                "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「やまぬ、タカタショック 「経年劣化」が次の焦点」",
                "url": null,
                "genbun": "それまで足並みを揃えていたホンダが態度を変え、全米への拡大を表明する"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "司法取引と、創業家が拒み続けた法的整理",
          "text": "2017年1月、タカタは米司法省と総額10億ドルの支払いで和解した。内訳は罰金2,500万ドル、自動車メーカー向けの補償基金8億5,000万ドル、事故被害者向けの基金1億2,500万ドルで、同社はインフレータの性能検証データを偽って完成車メーカーへ提供した電信詐欺の罪を認めている。米当局は元幹部3人を訴追し、10年以上にわたって欠陥を知りながら隠し、安全より利益を優先したと指摘した。2017年3月期の連結損益計算書には司法取引関連損失975億円が計上され、リコール関連損失156億円、製品保証引当金繰入額39億円と合わせて、当期純損失は796億円に達した。自己資本比率は前期の27.5％から7.0％へ落ちている。\n\n再建の枠組みをめぐる協議は2016年2月に設置された外部専門家委員会が主導した。裁判所の管理下で進める法的整理か、債権者との協議による私的整理かで、自動車メーカーとスポンサー候補は透明性と公平性を理由に法的整理で一致する。これに対してタカタは、製品の安定供給を続けるには私的整理以外にないと主張し続けた。ただし本音は別のところにあった。法的整理では100％減資となり、創業家が持つ株式が無価値になる。株式の6割を握る経営者一族が自らの持分を守ろうとしたことで調整は長引き、その間に同社は多くの案件を失注し、退職する社員も増えた。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2017年1月 米司法省と総額10億ドルで和解（罰金2,500万ドル・自動車メーカー向け補償基金8億5,000万ドル・被害者基金1億2,500万ドル）、電信詐欺の罪を認め元幹部3人が訴追された",
                "source": "日本経済新聞 2017年1月14日「米司法省、タカタ元幹部3人訴追 エアバッグ「欠陥隠蔽」」",
                "url": "https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ14H0E_U7A110C1MM0000/",
                "genbun": "内訳は罰金2,500万ドル、自動車メーカー向けの補償基金8億5,000万ドル、事故被害者向けの基金1億2,500万ドルで"
              },
              {
                "fact": "2017年3月期に司法取引関連損失97,545百万円・リコール関連損失15,631百万円を計上し当期純損失79,588百万円、自己資本比率は27.5％から7.0％へ低下",
                "source": "タカタ 有価証券報告書",
                "url": null,
                "genbun": "2017年3月期の連結損益計算書には司法取引関連損失975億円が計上され、リコール関連損失156億円、製品保証引当金繰入額39億円と合わせて、当期純損失は796億円に達した"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2016年2月に外部専門家委員会を設置し再建協議を主導、自動車メーカーとスポンサー候補は法的整理で一致した一方タカタは私的整理に固執した",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月1日号「創業家の保身で混迷 タカタが民事再生へ」",
                "url": null,
                "genbun": "裁判所の管理下で進める法的整理か、債権者との協議による私的整理かで、自動車メーカーとスポンサー候補は透明性と公平性を理由に法的整理で一致する"
              },
              {
                "fact": "法的整理では100％減資となり創業家の株式が無価値になるため、タカタは私的整理に固執した。調整の長期化で失注が増え退職者も増えた",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月1日号「創業家の保身で混迷 タカタが民事再生へ」",
                "url": null,
                "genbun": "法的整理では100％減資となり、創業家が持つ株式が無価値になる"
              }
            ]
          ]
        },
        {
          "title": "負債1兆円の民事再生と、中国資本への承継",
          "text": "2017年6月26日、タカタとタカタ九州、タカタサービスの3社は東京地方裁判所へ民事再生手続開始を申し立て、同日に開始決定を受けた。TK HOLDINGS INC.を含む米州子会社12社も、米国デラウェア州の連邦破産裁判所へ再生手続を申し立てている。負債総額は1兆円を超えた。リコール対象となったインフレータは世界で約1億個、費用は1兆3,000億円と推定され、うちホンダだけで5,560億円を引き当てていた。スポンサーには米キー・セイフティー・システムズ（KSS）が就き、買収額は1,750億円である。KSSがエアバッグとシートベルトの事業を買い取り、旧会社にリコール債務を残す新旧分離の形をとった。\n\nKSSは1916年創業の安全部品メーカーだが、2016年2月に中国の寧波均勝電子に買収されている。タカタの事業は結果として中国資本の傘下へ入った。買い手の側から見れば、欧米の認証基準を通した安全部品の技術と、完成車メーカーへ自ら提案できる開発力を1,750億円で得たことになる。国内では、民事再生法85条に基づく例外措置が破綻の衝撃を和らげた。一般債権者767社のうち事業継続に不可欠な564社には申立て前の債権も全額弁済され、創業の地である滋賀の1次下請け30社の多くがこれに含まれている。6月30日の債権者説明会は、予定を30分残して終わった。\n\n株式は2017年7月27日付で上場廃止となった。民事再生の申請を受けて7月7日に上場来安値の15円をつけたあと、無価値になることが確定した株に買いが集まり、14日には153円まで上がっている。最終売買日の終値は18円だった。事業と雇用は承継され、下請けへの支払いも続き、消えたのは会社と創業家の持分である。安全を売る会社が安全の失敗で終わったという要約は、事実として正しいが説明としては足りない。原因を特定できないまま回収を拒んだ判断、耐用年数を定めずに部品を扱ってきた業界の前提、そして支配権を守ろうとして処理を遅らせた資本構造が重なって、この結末が生まれた。どれか一つが欠けていれば、同じ形にはならなかったはずである。",
          "references": [],
          "factBasis": [
            [
              {
                "fact": "2017年6月26日 タカタ・タカタ九州・タカタサービスが東京地裁へ民事再生手続開始を申立て、米州子会社12社も米デラウェア州連邦破産裁判所へ申立て",
                "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
                "url": null,
                "genbun": "2017年6月26日、タカタとタカタ九州、タカタサービスの3社は東京地方裁判所へ民事再生手続開始を申し立て、同日に開始決定を受けた"
              },
              {
                "fact": "負債総額1兆円超、リコール対象インフレータは世界で約1億個・費用1.3兆円と推定、ホンダは5,560億円を引当",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月1日号「創業家の保身で混迷 タカタが民事再生へ」",
                "url": null,
                "genbun": "リコール対象となったインフレータは世界で約1億個、費用は1兆3,000億円と推定され、うちホンダだけで5,560億円を引き当てていた"
              },
              {
                "fact": "スポンサーは米キー・セイフティー・システムズ（KSS）、買収額1,750億円。KSSがインフレータ以外の事業を買い取り新会社へ移行、リコール債務は引き継がない",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月8日号「中国新興メーカーがタカタを欲した事情」",
                "url": null,
                "genbun": "スポンサーには米キー・セイフティー・システムズ（KSS）が就き、買収額は1,750億円である"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "KSSは1916年創業の安全部品メーカーで、2016年2月に中国の寧波均勝電子に買収されていた",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月8日号「中国新興メーカーがタカタを欲した事情」",
                "url": null,
                "genbun": "KSSは1916年創業の安全部品メーカーだが、2016年2月に中国の寧波均勝電子に買収されている"
              },
              {
                "fact": "民事再生法85条により一般債権者767社のうち事業継続に不可欠な564社へ申立て前の債権も全額弁済、滋賀の1次下請けは30社で都道府県別最多",
                "source": "週刊東洋経済 2017年7月22日号「タカタが破綻しても平穏 地元滋賀を救った“特例”」",
                "url": null,
                "genbun": "一般債権者767社のうち事業継続に不可欠な564社には申立て前の債権も全額弁済され、創業の地である滋賀の1次下請け30社の多くがこれに含まれている"
              }
            ],
            [
              {
                "fact": "2017年7月27日付で上場廃止、7月7日に上場来安値15円、14日に153円まで高騰、取引最終日26日の終値18円",
                "source": "週刊東洋経済 2017年9月2日号「経済を見る眼 タカタ株に「バブル」を学ぶ」",
                "url": null,
                "genbun": "民事再生の申請を受けて7月7日に上場来安値の15円をつけたあと、無価値になることが確定した株に買いが集まり、14日には153円まで上がっている"
              }
            ]
          ]
        }
      ]
    }
  ],
  "summary": {
    "title": "サマリー",
    "text": "",
    "qa": [
      {
        "q": "なぜ1933年に彦根で織物業として生まれた会社が、自動車の安全部品メーカーになったのか",
        "a": "人命を支える紐という一点で、製品が変わっても技術は連続していた。1933年に高田武三氏が滋賀県彦根市で興した織物業は、繊維技術を船舶用の救命ロープへ広げている。戦後に渡米した武三氏はパラシュートの研究を視察し、自動車用シートベルトの開発が米国で始まっていることを知った。1956年11月、自動車用乗員拘束装置と農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的として、資本金1千万円で株式会社高田工場を設立する。国内にシートベルト付きの乗用車がほとんど無い時期に、それを設立目的として掲げた判断だった。",
        "factBasis": [
          {
            "fact": "1933年 高田武三が滋賀県彦根市で織物業として創業、繊維技術を船舶用救命ロープへ応用",
            "source": "AHEAD 日本の誇れる企業 vol.1 タカタ株式会社",
            "url": "https://car-me.jp/ahead/articles/10214",
            "genbun": "1933年に高田武三氏が滋賀県彦根市で興した織物業は、繊維技術を船舶用の救命ロープへ広げている。"
          },
          {
            "fact": "高田武三は戦後に渡米してパラシュート研究を視察し、自動車用シートベルトの開発を知った",
            "source": "AHEAD 日本の誇れる企業 vol.1 タカタ株式会社",
            "url": "https://car-me.jp/ahead/articles/10214",
            "genbun": "戦後に渡米した武三氏はパラシュートの研究を視察し、自動車用シートベルトの開発が米国で始まっていることを知った。"
          },
          {
            "fact": "1956年11月 自動車用乗員拘束装置・農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的に資本金1千万円で株式会社高田工場を設立",
            "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
            "url": null,
            "genbun": "1956年11月、自動車用乗員拘束装置と農工業用灌漑ホース等の製造販売を目的として、資本金1千万円で株式会社高田工場を設立する。"
          }
        ]
      },
      {
        "q": "なぜ1987年にシートベルトメーカーがエアバッグの量産を引き受けられたのか",
        "a": "エアバッグは当時ほとんどの自動車メーカーが効果を疑っていた装置で、量産を引き受ける部品メーカーが限られていた。日系で最初にエアバッグを搭載したホンダが協力を求めた相手が、シートベルトで長く取引のあったタカタである。1987年9月、同社は滋賀県の愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を始めた。さらに1991年12月には米国ワシントン州にインフレータの生産拠点を設け、ガス発生装置と火薬までを自社で抱えた。この垂直統合が世界シェア2位への道と、30年後に破綻へ至る条件を同時につくっている。",
        "factBasis": [
          {
            "fact": "1980年代はエアバッグの効果に懐疑的な見方が支配的で、日系初搭載のホンダがシートベルトメーカーのタカタへ量産協力を求めた",
            "source": "週刊東洋経済 2015年1月17日号「ホンダ３つの失敗 危機は日米同時多発的に起きた」",
            "url": null,
            "genbun": "日系で最初にエアバッグを搭載したホンダが協力を求めた相手が、シートベルトで長く取引のあったタカタである。"
          },
          {
            "fact": "1987年9月 滋賀県愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を開始",
            "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
            "url": null,
            "genbun": "1987年9月、同社は滋賀県の愛知川製造所で運転席用エアバッグモジュールの製造・販売を始めた。"
          },
          {
            "fact": "1991年12月 米国ワシントン州にTakata Moses Lake Inc.を設立しインフレータの製造を開始",
            "source": "タカタ 有価証券報告書【沿革】",
            "url": null,
            "genbun": "さらに1991年12月には米国ワシントン州にインフレータの生産拠点を設け、ガス発生装置と火薬までを自社で抱えた。"
          }
        ]
      },
      {
        "q": "なぜ2017年の再建協議は民事再生まで長引いたのか",
        "a": "株式の6割を握る創業家にとって、法的整理は自らの持分が無価値になることを意味した。リコール費用の分担が決まらないなか、自動車メーカーとスポンサー候補は透明性と公平性を理由に法的整理で足並みを揃えたのに対し、タカタは製品の安定供給を理由に私的整理を主張し続ける。協議が延びるあいだに同社は受注を失い、退職する社員も増えた。2017年6月26日に民事再生法の適用を申請したときの負債総額は1兆円を超え、事業は米キー・セイフティー・システムズへ1,750億円で引き継がれた。",
        "factBasis": [
          {
            "fact": "高田一族の持ち株比率は約6割。法的整理では100％減資となり創業家の株式が無価値になるため私的整理に固執した",
            "source": "週刊東洋経済 2017年7月1日号「創業家の保身で混迷 タカタが民事再生へ」",
            "url": null,
            "genbun": "株式の6割を握る創業家にとって、法的整理は自らの持分が無価値になることを意味した。"
          },
          {
            "fact": "自動車メーカーとスポンサー候補は法的整理で一致したが、タカタは製品の安定供給を理由に私的整理を主張し続け、失注と退職者が増えた",
            "source": "週刊東洋経済 2017年7月1日号「創業家の保身で混迷 タカタが民事再生へ」",
            "url": null,
            "genbun": "協議が延びるあいだに同社は受注を失い、退職する社員も増えた。"
          },
          {
            "fact": "2017年6月26日 民事再生法の適用を申請、負債総額1兆円超。スポンサーの米キー・セイフティー・システムズによる買収額は1,750億円",
            "source": "週刊東洋経済 2017年7月8日号「中国新興メーカーがタカタを欲した事情」",
            "url": null,
            "genbun": "2017年6月26日に民事再生法の適用を申請したときの負債総額は1兆円を超え、事業は米キー・セイフティー・システムズへ1,750億円で引き継がれた。"
          }
        ]
      }
    ]
  }
}
