決断
需要が立ち上がる前に生産の準備を置くことを、二度繰り返した。一度目は1956年の設立で、装着義務も市場も無い時期に乗員拘束装置を定款の目的へ掲げている。二度目は1987年9月、効果を疑う完成車メーカーが多く量産の引き受け手が限られていたエアバッグで、同社は滋賀県の愛知川製造所で運転席用モジュールの量産を開始した。日系で最初にエアバッグを搭載したホンダが協力を求めた相手が、シートベルトで長く取引のあったタカタだった。1991年12月には米国ワシントン州にインフレータの生産拠点を開設し、ガス発生装置と火薬まで自社で抱える。市場ができる前に生産を置く順序は世界2位への拡大を生んだが、同時に、火薬の品質責任を他社と分け合えない構成も残した。
2017年6月 キー・セイフティーへ承継
キー・セイフティーへ承継引き当てきれないリコール費用を前に、株主責任を回避できる私的整理を主張し続けたが、債権者である自動車メーカーとスポンサー候補が法的整理で一致したため民事再生へ移行し、事業をKSSへ承継した同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移2016 2017 売上高(億円) 7,180 6,625 営業利益率(%) 5.9 5.9 2014年12月 全米リコール拡大を拒否
特別損失と純資産2014 2015 2017 特別損失(億円) 83 587 1,330 純資産(億円) 1,769 1,488 331 1987年9月 愛知川製造所でエアバッグ量産