決断
糸を納める相手を、繊維問屋から自動車1社へ入れ替えた。紡織以外への多角化が行き詰まって6億円の赤字を計上して無配へ転じた1967年6月、トヨタグループの石田退三氏が会長として入り、社名を豊田紡織へ戻して再建に着手した。遊休資産の処分と子会社の合併で足元を固めたうえで、1972年12月に定款の営業目的へ自動車部品の製造を加え、翌1973年9月から織物技術をシートファブリックへ転用した。以後はエアフィルター、成形天井、エアバッグ用基布と品目を積み増し、2000年5月の新型RAV4で内装を一式で受け持つ最初の車種を得る。2004年10月にはシートのアラコ、ドアトリムのタカニチと合併して7工場を引き継ぎ、社名をトヨタ紡織へ改めた。糸を織る技術はそのまま残り、売り先だけが繊維問屋から完成車工場へ移った。
1972年12月 自動車部品メーカーへ転換
1950年5月 民成紡績として分離独立