ABB社パワーグリッド事業の買収とHitachi Energyの発足
祖業に連なる火力を畳みながら、送配電を約7,200億円で買う——エネルギーで何を主力に据えるのか
更新:
- 概要
- 2018年12月にスイスABB社と契約を結び、2020年7月に同社のパワーグリッド事業を約7,200億円で取得した経営判断。Hitachi ABB Power Grids として発足させ、送配電をエネルギー事業の柱に据えた。
- 背景
- 川村改革以降の選択と集中で総合電機の総花経営を畳むなか、火力発電からは撤退へ向かう一方、脱炭素と再生可能エネルギーで拡大する送配電=グリッド市場では世界での地歩が限られていた。
- 内容
- 事業価値110億米ドルで合意し、まず80.1%を約64億米ドルで取得して連結子会社化。会長に日立の西野寿一氏、CEOにClaudio Facchin氏を据え、90カ国・従業員約3.6万名の送配電事業を一括で取り込んだ。
- 含意
- 火力を手放してグリッドを買う「入替」であり、GlobalLogicのデジタル買収と並ぶ稼ぎ頭の組み替えにあたる。2021年にHitachi Energyへ商号変更し、のちの中期経営計画でエネルギーを成長の柱に据える下地となった。
火力を畳んでグリッドを買うという選択
この買収の核心は、財務の危機への対応ではなく、成長市場を時間ごと買うために巨額を投じた点にある。祖業に連なる火力を畳む判断と、脱炭素で伸びる送配電を取りに行く判断が、同じ数年のあいだに表裏で進んだ。総合電機の縮小と海外大型買収の拡大を同時に走らせた点に、選択と集中を平常運転に変えた日立の経営がうかがえる。
もっとも、約7,200億円という投資の重さは、そのまま回収の重さでもある。送配電が脱炭素で伸びるという見立てが当たるかどうかは、Hitachi Energyがエネルギー事業の柱として利益を積み上げられるかにかかっている。火力を畳んでグリッドを買うというこの選択が正しかったのかは、中期経営計画の達成度のなかで問われ続けるとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
総合電機からエネルギー・デジタルへ
2009年3月期の7,880億円の最終赤字を経て、日立は川村隆氏に始まる選択と集中で総合電機の総花経営を畳んできた。家電や半導体、ハードディスクといったかつての看板事業を本体から切り離し、社会インフラとデジタルで稼ぐ構成へ寄せていく。その延長線上で、稼ぎの柱をどの成長市場に置くかが2010年代後半の課題として残っていた[1]。
エネルギー分野では、送配電を担うパワーグリッドが脱炭素と再生可能エネルギーの普及を受けて拡大する市場と見込まれていた。日立は国内の重電で長い蓄積を持つ一方、世界の送配電網では地歩が限られていた。自前で網を広げるには時間がかかり、成長市場に間に合わせるには外部の有力事業を取り込む選択が浮かび上がっていた[2]。
火力からグリッドへの組み替え
エネルギー事業のもう一方の柱であった火力発電は、逆に縮小へ向かっていた。2014年に三菱重工業と火力を統合して設立した三菱日立パワーシステムズは、南アフリカの石炭火力案件の工期遅延で巨額の紛争を抱え、日立は火力からの撤退を選ぶ道筋にあった。祖業に連なる火力を畳む判断と、成長するグリッドを取りに行く判断は、同じ時期に表裏で進んでいた[3]。
ABBのパワーグリッド事業は、90を超える国に展開し従業員は約3.6万名にのぼる送配電のグローバル大手であった。これを一括で取り込めば、日立は世界市場での地歩を時間ごと買うことができる。中国企業とも競り合ったと伝えられる案件で、日立は社会インフラとデジタルの組み合わせを世界規模で補強する好機ととらえていた[4]。
決断
事業価値110億米ドルでの合意
2018年12月17日、東原敏昭社長CEOのもとで日立はABBと買収契約を結んだ。パワーグリッド事業の事業価値を110億米ドルと評価し、ABBから分社される事業会社の株式80.1%をまず取得して連結子会社化する枠組みであった。買取価格は事業価値から負債などを差し引いて出資比率を乗じた約64億米ドル、日本円で約7,040億円を見込んでいた[5]。
残る19.9%についても、ABBが売却完了から3年間で日立へ売る事前定義のオプションを持ち、最終的に完全子会社化する段階取得の設計であった。年間で数千億円規模を投じる海外買収であり、川村改革以降に積み上げた財務の回復を、成長市場への大型投資へ振り向ける判断となった[6]。
2020年7月の取得完了とHitachi ABB Power Gridsの発足
2020年7月1日、日立はパワーグリッド事業の80.1%の取得を完了し、Hitachi ABB Power Grids Ltd を発足させた。本社をスイスに置き、会長に日立の西野寿一氏、CEOにClaudio Facchin氏を据えた。取得額は約7,200億円規模にのぼり、日経も電力システム事業の買収完了を約7,500億円と報じている。日立史上でも有数の海外大型買収であった[7][8]。
この買収は、同じ時期に進んだ米GlobalLogicのデジタル買収と対をなす。ABBのグリッドがエネルギーの柱を、GlobalLogicがデジタルの柱をそれぞれ担い、日立は稼ぎ頭を社会インフラとデジタルへ入れ替えていった。総合電機の縮小と海外大型買収の拡大が、同じ数年のあいだに表裏で進んだ構図となった[9]。
結果
Hitachi Energyへの商号変更と完全子会社化
2021年10月、Hitachi ABB Power Grids は Hitachi Energy へ商号を変えた。2022年9月には日立が残る19.9%を取得して完全子会社化する方針を発表し、送配電をエネルギー事業の中核に据えた。取得から数年をかけて、ABB色の合弁から日立の中核事業会社へと位置づけを移していった[10]。
のちの中期経営計画では、デジタル基盤Lumadaとエネルギーが成長の2本柱に据えられ、日立はABBの取得を通じてエネルギーの中核を手に入れた。祖業に連なる火力を畳みながら、脱炭素で伸びる送配電を時間ごと買うという判断は、日立の事業構成をデジタルとエネルギーへ寄せる過程の要となった[11]。