決断
国際規格の消耗部品であることを、そのまま海外展開の条件に変えてきた。1956年1月の渡米視察を境に工数低減による量産へ転換し、1966年には点火プラグの国内生産量シェア70%を確保する。1959年8月にはブラジルに全額出資の製造販売会社を設立し、輸出ではなく現地生産で欧米系メーカーの需要を取り込んだ。1967年10月には絶縁体で培ったアルミナ焼成とメタライズ封着を転用してセラミックICパッケージの製造を開始した。ただし1997年、最大顧客のインテルがパッケージ素材を樹脂へ切り替え、約50%あったシェアの発注は半減し、2009年3月期には最終赤字に転じた。規格品の消耗部品で得た利益を非自動車の焼成技術へ振り向けたことが、内燃機関の外に事業を持つ現在の構成を作った。
1967年10月 セラミックICパッケージ発売
セラミックICパッケージ発売集積回路の普及でICを封止するセラミックの需要が生まれ、点火プラグの絶縁体で培ったアルミナ焼成とメタライズ封着の技術を転用して、非自動車の第二の事業柱を立ち上げた多角化同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1966 1972 売上高(億円) 38 135 純利益率(%) 9.2 8.9 1959年8月 ブラジル特殊陶業を設立
業績の推移1958 1959 1964 売上高(億円) 11 10 33 純利益率(%) 12.4 10.6 9.9 1936年10月 日本碍子から分離独立