ヒロセ電機25年続いた韓国合弁ヒロセコリアの段階的な買い増しと完全子会社化

半分だけ持つ合弁のままでよいか——2010年から2015年までの三度の追加取得

時期 2010年12月
意思決定者(推定) 中村達朗・ヒロセコリア代表理事を兼務 社長
論点 韓国合弁の資本関係
概要
2010年12月にヒロセコリアの株式25%を追加取得して出資比率を75%とし連結子会社化、2012年11月に約22%(計約97%)、2015年1月に約3%を買い増して100%子会社とした一連の判断。1985年10月に韓国の大徳産業と設立した合弁は、25年を経て完全子会社となった。
背景
ヒロセコリアは出資比率50%の持分法適用関連会社で、多極コネクタと同軸コネクタの製造と販売の両方を担っていた。携帯電話に次ぐ柱としてカーエレクトロニクスと産業用機器向けを強めていた同社にとって、韓国は顧客と生産の双方が集まる市場であった。
内容
2010年12月の連結子会社化により、第4四半期からヒロセコリアの売上と損益が連結損益計算書に加わり、連結従業員は353名増えた。同時に段階取得に係る差損18億9,500万円を特別損失に計上している。2015年1月の3%取得で持分は100%に達した。
含意
ヒロセコリアの売上高は2013年3月期221億1,600万円から2015年3月期336億4,700万円へ伸び、いずれも連結売上高の10%を超えた。合弁で入った市場から、25年後に相手方の持分を買い切って自前の生産・販売拠点に組み替えた事例にあたる。
筆者の見解

合弁を畳むという後始末

合弁は、知らない市場へ入るための入場券である。1985年のヒロセ電機にとって、韓国で工場を建て顧客を開くには大徳産業と組むのが現実的な方法であった。ただ入場券は、入り終えたあとも相手方の持分として残る。2010年に計上した段階取得に係る差損18億9,500万円は、25年前に半額で買った持分と、いま買い足す持分との値段の差にほかならない。入場料の後払いと呼べる性質の損失であった。

注目したいのは、買い切るまでに4年1か月をかけた点である。75%を得て決定権を確保した時点で運営上の目的はほぼ達しており、残りの25%は急ぐ必要がなかった。2012年に約97%、2015年に100%と刻んだ足取りは、相手方の事情にも配慮しながら進めた交渉の跡を思わせる。持分をすべて取得した翌期、ヒロセコリアの当期純利益は50億3,400万円に達し、ヒロセ電機の連結純利益229億円の2割を超える水準になっていた。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

半分ずつ持ち合った25年

ヒロセコリアは1985年10月、韓国の大徳産業との合弁による現地法人として京畿道に設立された。ヒロセ電機の海外進出としては1980年の米国法人に次ぐ二番目にあたり、出資金は16億5,000万ウォン。出資比率は50%で、ヒロセ電機の連結決算では長く持分法適用関連会社として扱われていた。損益は持分法による投資利益の一行に収まり、売上は連結売上高に立たない状態が四半世紀続いた[1][2]

資本が半分でも、運営は日本側が深く関わっていた。2000年6月に代表取締役社長へ就任した中村達朗氏は、同時にヒロセコリアの代表理事にも就いており、東北ヒロセ電機・郡山ヒロセ電機・一関ヒロセ電機の社長も兼ねていた。国内の生産子会社と同じ扱いで人を送り込みながら、資本だけが半分にとどまる状態が続いていた[3]

携帯電話の次を探していた時期

買い増しに動いた2010年前後のヒロセ電機は、収益の柱を組み替えている最中であった。2011年3月期の有価証券報告書は、携帯電話分野に次ぐ柱としてカーエレクトロニクス分野と産業用機器分野向けの取り組みを強め、その成果が表われ始めたと記している。同期の連結売上高は924億4,000万円で前年同期比9.4%増、営業利益は220億2,600万円であった[4]

ヒロセコリアは、その組み替えの現場に立つ会社であった。多極コネクタと同軸コネクタの双方で製造と販売の関係会社に名を連ね、医療機器やマイクロスイッチを含むその他部門にも関わっている。韓国にはスマートフォンと部品の需要が集まりつつあり、生産と販売を兼ねる拠点を半分の出資のまま置いておく理由は薄れていた[5]

決断

2010年12月、25%の追加取得

2010年12月、ヒロセ電機はヒロセコリアの株式25%を追加取得し、出資比率を75%へ引き上げた。有価証券報告書は目的を、韓国コネクタ市場での拡販と深耕をさらに強めるとともに、今後のグループのグローバル事業拡大の一翼を担う重要拠点としてより円滑な企業運営を行うためと説明している。合弁の相手と足並みをそろえる運営から、単独で決められる運営へ切り替える判断であった[6]

会計の上では、この切り替えに代価が伴った。ヒロセコリアの業績は第3四半期連結累計期間まで持分法による投資利益に計上され、第4四半期から売上と損益が連結損益計算書へ入る。同時に、段階取得に係る差損18億9,500万円が特別損失へ計上された。連結従業員は前期末比353名増え、その主因もヒロセコリアの子会社化であった。2011年3月期の当期純利益は117億1,400万円で、前年同期比11.7%減となっている[7]

97%、そして100%へ

買い増しは一度で終わらなかった。2012年11月、ヒロセ電機はヒロセコリアの株式約22%を追加取得し、出資比率を約97%とした。2013年3月期の有価証券報告書は、2010年12月に連結子会社化し2012年11月に約97%まで出資比率を高めたヒロセコリアとの営業・開発・生産面での連携を一段と深めつつグループのグローバル事業を進めたと記している。資本を握ってから、事業の統合が続いた[8]

残る約3%を取得して100%としたのは2015年1月であった。2010年12月から数えて4年1か月、合弁の設立からは29年3か月が経っていた。この間にヒロセコリアの規模も変わっている。2013年3月期の売上高221億1,600万円・経常利益49億1,700万円・当期純利益38億6,200万円が、2015年3月期には売上高336億4,700万円・経常利益63億9,800万円・当期純利益50億3,400万円へ伸び、いずれの期も連結売上高の10%を超えた[9][10]

結果

連結に組み込まれた韓国

完全子会社化を挟む4年間で、ヒロセ電機の連結は姿を変えた。2011年3月期に924億4,000万円だった連結売上高は、2015年3月期に1,257億2,600万円へ伸びている。顧客の所在地別ではアジアが747億4,300万円と6割近くを占め、日本は351億3,100万円。有価証券報告書は海外売上高比率が約7割に達したと記した。ヒロセコリア一社で連結売上高の1割超を占める構図が、この時期に固まった[11]

拠点としての投資も続いた。韓国の生産能力を高めるため、2024年12月にはヒロセコリアへ精密センターの新棟が設けられている。同じ年、岩手県盛岡市には生産設備開発と人材育成に特化した東北アドバンスト・テクノロジーセンターを、福島県郡山市には郡山ヒロセ電機の新工場を設けており、韓国は国内の生産子会社と同列の投資先として扱われた[12]

出典・参考
  • ヒロセ電機 有価証券報告書(2011年3月期・連結)
  • ヒロセ電機 有価証券報告書(2013年3月期)
  • ヒロセ電機 有価証券報告書(2015年3月期・連結)
  • ヒロセ電機 有価証券報告書【沿革】
  • ヒロセ電機 公式サイト「会社沿革」(https://www.hirose.com/corporate/ja/about/history/)

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