ヒロセ電機 の歴代社長

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1937年1940年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

広瀬銈三退任

1937年社長就任

広瀬商会を創立、社長

中村達朗退任

1993年社長就任

1969年入社1992年取締役台廣電子(股)取締役社長に就任

石井和徳退任

2012年社長就任

1982年入社2009年執行役員2010年取締役代表取締役社長

鎌形伸現任

2025年社長就任

2002年入社2019年執行役員2021年取締役
創業社長の関係
創業

1937年8月、広瀬銈三氏が東京市赤坂区榎坂町に広瀬商会を創立し、電気絶縁物と通信機部品の製造販売を始めた。初代社長として1971年5月に死去するまで34年を務め、湯河原工場でのコネクタ生産開始と1963年のヒロセ電機への商号統一までを率いた。広瀬家の社長がいつ途切れたかは名簿では確認できない。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長3人はいずれも自社での勤続を経て就任している。中村達朗氏は1969年、石井和徳氏は1982年の入社で、海外子会社や執行役員を経て昇った。2025年就任の鎌形伸氏はNTTデータから2002年に移った中途入社で、技術ではなく管理本部長を歩いて社長に届いた。

社長任期の傾向
任期

中村達朗氏が2000年6月から12年、石井和徳氏が2012年6月から13年と、10年を超える社長が2代続いた。コネクタ専業で無借金と営業利益率20%超を保つ収益が、交代を急がせなかったためと思われる。鎌形伸氏は就任1年目である。

いまの体制への含意
含意

社長は自社で20年以上働いた人物から選ばれ、退任後は代表権のない会長へ退く。石井和徳氏も2025年6月にその形をとった。技術畑ではなく管理畑を歩いた鎌形伸氏の登用は、確認できる範囲では初めての型であり、稼ぎ先をスマートフォンから移す作業に合わせた人選と思われる。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
広瀬銈三1937〜1971年1937年就任34年退任広瀬商会を創立、社長
中村達朗(1993年就任)1993〜2012年1993年就任19年退任生え抜き台廣電子(股)取締役社長に決断2010年ヒロセコリアの完全子会社化
石井和徳(2012年就任)2012〜2025年2012年就任13年退任生え抜き代表取締役社長
鎌形伸(2025年就任)2025年〜現任2025年就任2年現任代表取締役社長1990年4月にNTTデータへ入社し、1997年5月にNTTデータ経営研究所へ出向した。2002年2月にヒロセ電機へ移り、2019年6月に執行役員、2021年6月に取締役管理本部長、2024年6月に専務取締役となった。情報サービス業から転じた中途入社者で、コネクタの技術部門ではなく管理部門を歩いて社長へ届いた。

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