三洋証券の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

規模の差を、設備を先に持つことで埋めようと図った。1985年12月、野村證券で17年を過ごして家業へ戻った土屋陽一氏が44歳で社長に就任した。証券業務が人手から機械へ移ると読み、1988年5月に江東区塩浜へ300億円を投じたトレーディングセンターを建てる。約6,400平方メートルのワンフロアに端末3,000台を並べ、最大800人のディーラーを収容する取引室は、ひとつのフロアとしては世界最大とされた。ただし設備の費用は相場が悪くても毎期出ていくのに対し、それを賄う株式委託手数料は相場に連動する。バブル崩壊後は人件費と店舗の費用も重なり、1997年3月期まで6期続けて赤字を計上した。

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