山一證券の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

損失を、そのつど別の帳簿へ移して処理してきた。1965年5月、証券不況で運用預かりの解約が資金繰りを直撃し、日本銀行法二十五条による無担保・無制限の特別融資を受け入れた。返済の枠組みは新旧勘定分離で、1966年7月に新会社を設立して商号と営業権を譲り受け、旧会社が返済にあたった。同年8月に株式の上場は廃止され、終値は20円だった。1973年4月に東京・大阪・名古屋の各取引所第二部へ再上場し、1974年2月には東証一部へ指定替えしている。それから17年後の1991年12月、営業特金の含み損を連結対象外の会社へ移転した。1965年の損失は返済計画に変わり、1991年の損失は最後まで開示されないまま会社を止めた。

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