円のデリバティブ取引を一人で立ち上げ、1994年11月、30歳でゼネラル・パートナーに就いた[1]。創業者を除けば、英語圏外で教育を受けた最初のパートナー[2]だった。1998年、松本氏はインターネットに出合い、個人が自由に株を売買する時代が来ると考えて、ゴールドマン・サックス証券に個人向けネット証券取引の事業化を提案したが却下され[3]、同年11月に同社を退いた。
松本氏が退社を決めるまでには20日を要した[4]という。
営業開始は1999年10月で、株式売買委託手数料が完全自由化された月[5]にあたる。同年11月には金融機関で最初となる広告取扱業の兼業認可を関東財務局から得て[6]、証券業のほかに広告取扱を事業に加えた。2001年10月時点の手元流動性は約92億円だった[7]。
松本大社長は事業計画に2つの前提を置いた[8]。個人金融資産に占める直接金融商品の比率が米国並みに上がること、そしてインターネット利用者が1999年の2,706万人から2005年に7,760万人へ増える[9]ことである。両方が起きれば株式と投資信託の初心者が急増するため、無店舗と広告費の抑制で費用を抑え、広告ではなく報道を通じて顧客が自ら集まるようにし、口座の稼働率を保った[10]。2001年3月期上半期の広告宣伝費は6,500万円で、増えた口座は約4万件[11]だった。1口座あたりの獲得費用は約1,600円となり、他社平均の1万5,000円から2万円と比べて10分の1の水準[12]だった。
株式委託手数料だけに頼らないために、投資信託と引受を差別化の柱に据えた[13]。2000年7月26日、オンライン専業では初の自社専用ファンド『ザ・ファンド@マネックス』を13億3,000万円で設定し、8月21日には20億円を超えた[14]。バンガード・グループのインデックスファンド[15]など、他社では買えない商品も並べた。引受業務は同年4月に立ち上げて5月から営業を始め、大和証券グループの引受部門から移籍した5名が上半期に8件を扱った[16]。2001年3月期上半期の受入手数料の内訳は株式委託81.1%、投信6.3%、引受11.8%[17]だった。
2000年8月4日、マネックス証券は東京証券取引所マザーズ市場に上場した[18]。公募15万株のうち過半の8万株をオンライン証券で販売[19]し、その大半を自社で販売した。投資単位を1株に引き下げ、公募価格を45,000円として、完全な無差別抽選で割り当てた結果、この上場で個人株主が約18,000人増えた[20]。松本大社長はこの方式を『資本主義の民主化』[21](証券アナリストジャーナル 2000年9月号)と呼び、新規公開株を広く配分した実績として、その後の引受業務の営業に用いた。
営業権の償却は発生せず、資本組入額は17億6,400万円[22]だった。この合併でクレディセゾンとの関係ができ、後にATM網の整備や『マネックス《セゾン》カード』につながった[23]。ただし移ってきた顧客のうち、コールセンター経由で取引していた層の稼働率は低く[24]、インターネットへの移行を促す必要が残った。
2003年1月の時点で、松本大社長は業界再編を装置産業の必然として説明していた[25]。固定費が重く、口座の統合はシステム上で行える[26]ため、株主から見れば統合は必要になる。ただし各社の企業価値が下がっている時期には成立しにくいとも述べ、セゾン証券の合併で得た投資銀行業務とシステムの経験を挙げて、案件があれば検討したいと語った[27]。翌2004年3月、マネックス証券と日興ビーンズ証券は共同で持株会社を設立し、経営を統合することで基本合意した[28]。両社は同年4月に株式移転契約を結び、6月の定時株主総会で承認を得た[29]。
2004年8月、株式移転により共同持株会社マネックス・ビーンズ・ホールディングスが発足し[30]、同月、東京証券取引所マザーズ市場に上場した。翌2005年5月にマネックス証券と日興ビーンズ証券が合併してマネックス・ビーンズ証券となり[31]、同年12月には商号をマネックス証券へ戻した。持株会社は2005年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場した[32]。統合後は事業投資のマネックス・ビジネス・インキュベーションと投資教育のマネックス・ユニバーシティを相次いで設立し、2008年7月に持株会社の商号をマネックスグループへ改めた[33]。
松本大社長はこの時期を振り返って『安さが革新的だったが、普通の存在になってしまった』[引用元](週刊東洋経済 2009/11/14)と述べている。
マネックスグループは2010年1月の株式交換でオリックス証券を完全子会社化し[34]、同年5月にマネックス証券を存続会社として合併した。対価が株式だったため、オリックスはこの取引を通じてマネックスグループの大株主となった[35]。同年12月には香港のBOOM証券グループを完全子会社化し[36]、アジアにも拠点を得た。
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|---|---|---|---|---|
| 1999〜2003年上場益を捨てた35歳が手数料自由化に賭けた創業(1999〜2003) | 松本大氏とソニーの共同出資によりマネックス証券を設立 | ★★★ | ||
| インターネット取引の営業を開始 | ★★ | |||
| 関東財務局から広告取扱業の兼業認可を取得 | ★ | |||
| 東京証券取引所の会員権を取得 | ★ | |||
| 株式引受業務を開始 | ★ | |||
| 自社専用の投資信託「ザ・ファンド@マネックス」を設定 | ★ | |||
| 東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場 | ★ | |||
| 夜間取引「マネックスナイター」を開始 | ★★ | |||
| セゾン証券を合併 | ★★ | |||
| DLJディレクトSFG証券との合併交渉を公表 | ★★ | |||
| 顧客保護を理由に見送ってきた信用取引への参入と貸株サービスの開始 2002年6月、マネックス証券が、個人投資家に不利な売買形態になりうるとして扱ってこなかった信用取引への参入を発表した経営判断。DLJディレクトSFG証券との合併交渉が事実上途切れ、単独での黒字化を迫られたなかでの方針転換であった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 貸株サービスを開始 | ★ | |||
| 2004〜2010年日興ビーンズ証券との統合で規模を買い直す(2004〜2010) | 日興ビーンズ証券との経営統合に合意 | ★★ | ||
| 松本大 | 日興ビーンズ証券との共同持株会社マネックス・ビーンズ・ホールディングスを設立 | ★★★ | ||
| 松本大 | 持株会社の株式を東京証券取引所マザーズ市場に上場 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス・オルタナティブ・インベストメンツを設立 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス証券と日興ビーンズ証券が合併しマネックス・ビーンズ証券が発足 | ★★ | ||
| 松本大 | 東京証券取引所市場第一部に上場 | ★ | ||
| 松本大 | WR Hambrecht & Co Japan を設立 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス・ビジネス・インキュベーションを設立 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス・ユニバーシティを設立 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス・ビーンズ証券がマネックス証券へ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | トレード・サイエンスを設立 | ★ | ||
| 松本大 | 米国に子会社 MBH America を設立 | ★ | ||
| 松本大 | WR Hambrecht & Co Japan の株式を追加取得し子会社化 | ★ | ||
| 松本大 | WR Hambrecht & Co Japan がWRハンブレクトジャパンへ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | トウキョウフォレックスの株式を取得し子会社化 | ★ | ||
| 松本大 | トウキョウフォレックスがマネックスFXへ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | 持株会社がマネックスグループへ商号を変更 | ★★ | ||
| 松本大 | トレード・サイエンスを完全子会社化 | ★ | ||
| 松本大 | 株式交換によりオリックス証券を完全子会社化 | ★★ | ||
| 松本大 | WRハンブレクトジャパンがマネックス・ハンブレクトへ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス証券がオリックス証券を吸収合併 | ★★ | ||
| 松本大 | 香港のBOOM証券グループを完全子会社化 | ★★ | ||
| 2011〜2017年米国買収と筆頭株主の交代が重なった7年間(2011〜2017) | 松本大 | Boom Special Limited が Monex International へ商号を変更 | ★ | |
| 松本大 | マネックス・オルタナティブがあすかコモディティを吸収合併 | ★ | ||
| 松本大 | 米国のTradeStation Group の全株式を取得し完全子会社化 | ★★★ | ||
| 松本大 | TradeStation Group が IBFX Holdings の持分を取得し子会社化 | ★ | ||
| 松本大 | TradeStation Group が MBH America を吸収合併 | ★ | ||
| 松本大 | ソニーバンク証券の全株式を取得し完全子会社化 | ★★ | ||
| 松本大 | マネックス・オルタナティブ・インベストメンツの持分をアストマックスへ譲渡 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス証券がソニーバンク証券を吸収合併 | ★ | ||
| 松本大 | マネックスFXの外国為替証拠金取引事業をマネックス証券へ承継 | ★ | ||
| 松本大 | 委員会設置会社へ移行 | ★★ | ||
| 松本大 | 静岡銀行がオリックスから株式を取得し筆頭株主に | ★★ | ||
| 松本大 | マネックス・ビジネス・インキュベーションがマネックスベンチャーズへ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | マネックス証券がマネックスFXを吸収合併 | ★ | ||
| 松本大 | 日本投資顧問を設立 | ★ | ||
| 松本大 | 日本投資顧問がマネックス・セゾン・バンガード投資顧問へ商号を変更 | ★ | ||
| 松本大 | マネックスファイナンスを設立 | ★ | ||
| 2018〜2026年暗号資産の急騰と急落を経て証券会社を手放す判断(2018〜2026) | 松本大 | コインチェックで暗号資産NEM約580億円分が不正流出 | ★★ | |
| 松本大 | NEM流出事件を起こしたコインチェックの36億円での完全子会社化 2018年4月、マネックスグループが、仮想通貨NEM約580億円分の不正流出を起こしたコインチェックの全株式を36億円で取得し、完全子会社化した経営判断。松本大社長が2017年10月に掲げた『第2の創業』の中核に、暗号資産交換業を据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 松本大 | MV1号投資事業有限責任組合を設立 | ★ | ||
| 松本大 | MV2号投資事業有限責任組合を設立 | ★ | ||
| 松本大 | 東京証券取引所の市場区分見直しによりプライム市場へ移行 | ★ | ||
| 清明祐子 | 中間持株会社マネックスホールディングスを株式移転により設立 | ★★ | ||
| 清明祐子 | NTTドコモとの共同持株会社の設立と、マネックス証券の持分法適用会社化 2023年10月、マネックスグループがNTTドコモと資本業務提携を結び、中間持株会社を通じて中核子会社マネックス証券を持分法適用会社へ移した判断。1999年の創業から25年目に、独立系ネット証券としての立場を手放した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 清明祐子 | カナダの3iQ Digital Holdings の株式を取得し子会社化 | ★★ | ||
| 清明祐子 | 香港のMonex Boom Securities など3社の株式を譲渡 | ★★ | ||
| 清明祐子 | コインチェックの親会社が米ナスダック市場に上場 | ★★ | ||
| 清明祐子 | 米国のWestfield Capital Management の持分を取得し関連会社化 | ★ | ||
| 清明祐子 | 暗号資産事業でKDDIと資本業務提携 | ★★ |
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事実根拠:出所(マネックスグループ)