{"title":"マネックスグループの歴史概略","sections":[{"start_year":1999,"end_year":2003,"main_title":"上場益を捨てた35歳が手数料自由化に賭けた創業（1999〜2003）","subsections":[{"title":"上場益を捨ててソニーと組んだ35歳の決断","text":"松本大氏は1987年に東京大学法学部を卒業してソロモン・ブラザーズ・アジア証券に入社し、1990年にゴールドマン・サックス証券へ移った。円のデリバティブ取引を一人で立ち上げ、1994年11月、30歳でゼネラル・パートナーに就いた。創業者を除けば、英語圏外で教育を受けた最初のパートナーだった。1998年、松本氏はインターネットに出合い、個人が自由に株を売買する時代が来ると考えて、ゴールドマン・サックス証券に個人向けネット証券取引の事業化を提案したが却下され、同年11月に同社を退いた。翌1999年5月にゴールドマン・サックスは株式を上場し、公開価格に基づく時価総額は約250億ドルに達して、パートナーからは数十億円の株式長者が続出した。\n\n1998年11月、松本氏は知人の紹介でソニーの出井伸之社長と会食し、その席でインターネット証券の構想を伝えた。「食事中に乱入しました」（週刊東洋経済 1999/7/3）と松本氏は語っており、出井社長の反応はよく、後日、出資の内諾を得た。ソニーは同じ時期の株主総会で定款を変更し、金融業を事業目的に加えたばかりだった。1999年4月、両者は資本金5,000万円を折半で出資してマネックス株式会社を設立し、松本氏が代表取締役に就いた。ソニーからは非常勤役員2名が入り、社員は10人に満たず、システム構築は外部に委託した。松本氏が退社を決めるまでには20日を要したという。\n\n営業開始は1999年10月で、株式売買委託手数料が完全自由化された月にあたる。前年12月の登録制移行を受けて、日本にはチャールズ・シュワブが東京海上と、Eトレードがソフトバンクと、DLJが住友銀行と組んで参入し、野村證券など既存の大手も相次いで参入していた。マネックス証券は後発で、店舗も既存顧客も抱えていなかった。同年11月には金融機関で最初となる広告取扱業の兼業認可を関東財務局から得て、証券業のほかに広告取扱を事業に加えた。2001年10月時点の手元流動性は約92億円だった。","references":[{"title":"週刊東洋経済 1999年7月3日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年4月13日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年7月6日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年9月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年12月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"ドリームゲート起業家インタビュー 2005年11月26日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2001年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2002年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2003年4月21日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"無店舗と低価格で初心者を集める設計","text":"松本社長は事業計画に2つの前提を置いた。個人金融資産に占める直接金融商品の比率が米国並みに上がること、そしてインターネット利用者が1999年の2,706万人から2005年に7,760万人へ増えることである。両方が起きれば株式と投資信託の初心者が急増するため、無店舗と広告費の抑制で費用を抑え、広告ではなく報道を通じて顧客が自ら集まるようにし、口座の稼働率を保った。2001年3月期上半期の広告宣伝費は6,500万円で、増えた口座は約4万件だった。1口座あたりの獲得費用は約1,600円となり、他社平均の1万5,000円から2万円と比べて10分の1の水準だった。\n\n株式委託手数料だけに頼らないために、投資信託と引受を差別化の柱に据えた。2000年7月26日、オンライン専業では初の自社専用ファンド「ザ・ファンド＠マネックス」を13億3,000万円で設定し、8月21日には20億円を超えた。バンガード・グループのインデックスファンドなど、他社では買えない商品も並べた。引受業務は同年4月に立ち上げて5月から営業を始め、大和証券グループの引受部門から移籍した5名が上半期に8件を扱った。2001年3月期上半期の受入手数料の内訳は株式委託81.1%、投信6.3%、引受11.8%だった。\n\n2000年8月4日、マネックス証券は東京証券取引所マザーズ市場に上場した。公募15万株のうち過半の8万株をオンライン証券で販売し、その大半を自社で販売した。投資単位を1株に引き下げ、公募価格を45,000円として、完全な無差別抽選で割り当てた結果、この上場で個人株主が約18,000人増えた。松本社長はこの方式を「資本主義の民主化」（証券アナリストジャーナル 2000年9月号）と呼び、新規公開株を広く配分した実績として、その後の引受業務の営業に用いた。2001年1月には夜間取引「マネックスナイター」を始め、当日終値での売買に限って夜間の注文を受けた。","references":[{"title":"週刊東洋経済 1999年7月3日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年4月13日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年7月6日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年9月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年12月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"ドリームゲート起業家インタビュー 2005年11月26日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2001年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2002年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2003年4月21日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"単独では生き残れないと知った2年間","text":"2000年10月には約60社がオンライン証券に参入し、価格競争から淘汰が始まった。翌2001年には3月に日興ビーンズ証券とインターネット・トレーディング証券が、4月に日本オンライン証券とイー・ウイング証券が合併し、再編は業界全体で進んだ。マネックス証券は2000年末にセゾン証券との合併を発表し、2001年6月に統合を終えた。営業権の償却は発生せず、資本組入額は17億6,400万円だった。この合併でクレディセゾンとの関係ができ、後にATM網の整備や「マネックス《セゾン》カード」につながった。ただし移ってきた顧客のうち、コールセンター経由で取引していた層の稼働率は低く、インターネットへの移行を促す必要が残った。\n\n2002年3月、DLJディレクトSFG証券との合併交渉が報じられ、松本社長は即日「検討は行っている」と交渉の事実を認めた。DLJの筆頭株主だったクレディ・スイス・ファースト・ボストンがリテール業務から撤退する過程での再編で、ソニーによるDLJディレクト株の買い取りが前提になっていた。両者でマネックス株の48%を持つ松本氏とソニー、DLJ株の21%強を持つ三井住友銀行という双方の大株主の利害が相反し、交渉は成立しなかった。松本社長は中断と呼び続けたが、CSFBはソニーに代わる売却先の選定に入っていた。\n\n松本社長は信用取引を、資本力や情報の速さで劣る個人投資家に不利な売買形態になりうるとして敬遠してきた。マネックス証券はこれを扱っていなかった。2002年6月19日、株主総会の3日前に開始を発表した。2002年3月期の営業赤字は12億4,000万円だった。顧客数約20万件と預かり資産約5,000億円でオンライン証券の首位に立ちながら、約定件数では信用取引を持つ他社に見劣りした。松本社長は「競合他社に出遅れた黒字化の時期も早める必要性を感じた」（週刊東洋経済 2002/7/6）と述べた。信用取引は同年内に始まり、貸株サービスは10月20日から申し込みを受け付けた。","references":[{"title":"週刊東洋経済 1999年7月3日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年4月13日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2002年7月6日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年9月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"証券アナリストジャーナル 2000年12月号「マネックス証券」","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"ドリームゲート起業家インタビュー 2005年11月26日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2001年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2002年10月17日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2003年4月21日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]}]},{"start_year":2004,"end_year":2010,"main_title":"日興ビーンズ証券との統合で規模を買い直す（2004〜2010）","subsections":[{"title":"日興ビーンズ証券との共同持株会社という選択","text":"2003年1月の時点で、松本社長は業界再編を装置産業の必然として説明していた。固定費が重く、口座の統合はシステム上で行えるため、株主から見れば統合は必要になる。ただし各社の企業価値が下がっている時期には成立しにくいとも述べ、セゾン証券の合併で得た投資銀行業務とシステムの経験を挙げて、案件があれば検討したいと語った。翌2004年3月、マネックス証券と日興ビーンズ証券は共同で持株会社を設立し、経営を統合することで基本合意した。両社は同年4月に株式移転契約を結び、6月の定時株主総会で承認を得た。\n\n2004年8月、株式移転により共同持株会社マネックス・ビーンズ・ホールディングスが発足し、同月、東京証券取引所マザーズ市場に上場した。翌2005年5月にマネックス証券と日興ビーンズ証券が合併してマネックス・ビーンズ証券となり、同年12月には商号をマネックス証券へ戻した。持株会社は2005年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場した。統合後は事業投資のマネックス・ビジネス・インキュベーションと投資教育のマネックス・ユニバーシティを相次いで設立し、2008年7月に持株会社の商号をマネックスグループへ改めた。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2009年11月14日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2003年1月22日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"オリックス証券の買収で得た業界3位の座","text":"ネット証券各社の業績は2006年3月期を頂点に下がり続け、ライブドア・ショックで個人投資家が株式から離れたところへ、2008年からの金融危機が重なった。各社は手数料の引き下げを競い合い、値下げの余地は採算の面から狭まっていた。松本社長はこの時期を振り返って「安さが革新的だったが、普通の存在になってしまった」（週刊東洋経済 2009/11/14）と述べている。自力での成長が難しくなったなかで、松本社長は2009年8月中旬に松井証券の松井道夫社長と会食し、合流の可能性を探ったが、まとまらなかった。\n\n2009年10月28日、マネックス証券とオリックス証券は2か月余りの交渉を経て、翌年5月をめどに合併すると発表した。2009年3月期の営業収益を単純に合算すると約318億円となり、当時2位の松井証券を上回って、約475億円のSBI証券に次ぐ規模になった。マネックスグループは2010年1月の株式交換でオリックス証券を完全子会社化し、同年5月にマネックス証券を存続会社として合併した。対価が株式だったため、オリックスはこの取引を通じてマネックスグループの大株主となった。同年12月には香港のBOOM証券グループを完全子会社化し、アジアにも拠点を得た。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2009年11月14日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックス証券 決算説明会質疑応答 2003年1月22日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]}]},{"start_year":2011,"end_year":2017,"main_title":"米国買収と筆頭株主の交代が重なった7年間（2011〜2017）","subsections":[{"title":"米国トレードステーションを買った判断","text":"2011年6月、マネックスグループは米国のTradeStation Groupの全株式を取得して完全子会社にした。同社は自動売買のプラットフォームを持つオンライン証券で、買収により日本・米国・アジアの三極体制ができた。同年11月にはTradeStation Groupが外国為替証拠金取引のIBFX Holdingsの持分を取得し、翌2012年3月には米国の既存子会社MBH Americaを吸収合併して、米国事業を一社に集約した。国内では2012年8月にソニーバンク証券の全株式を取得し、2013年1月にマネックス証券へ吸収合併した。創業時の出資者だったソニーの証券子会社を、13年後に買い取った。\n\n2013年6月、マネックスグループは委員会設置会社へ移行して取締役会から執行を切り離し、松本氏の肩書はこれ以降、代表執行役になった。2015年2月にはマネックスFXをマネックス証券へ吸収合併し、同年8月に日本投資顧問を設立して、10月にマネックス・セゾン・バンガード投資顧問へ商号を変更した。2014年5月にはマネックス・ビジネス・インキュベーションをマネックスベンチャーズへ改め、2017年3月にマネックスファイナンスを設立した。委員会設置会社は2014年改正の会社法で指名委員会等設置会社へ呼称が変わり、マネックスグループはこの機関設計を保った。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2016年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2017年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2018年4月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2016年2月12日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"ソニーからオリックス、そして静岡銀行へ","text":"2014年4月、静岡銀行がオリックスからマネックスグループ株の20%弱を約244億円で取得し、筆頭株主になった。オリックスは2010年の株式交換で受け取った株式を、4年後に手放した。静岡銀行は2016年以降も買い増しを進め、2016年3月期末の保有比率は20.25%、翌2017年3月期末には25.49%まで上がっている。同じ時期の株主名簿には、松本氏の資産管理会社である株式会社松本が6.07%、松本大氏個人が2.64%と並ぶ。静岡銀行は日本マスタートラスト信託銀行を常任代理人として保有し、2017年3月期末の保有株数は7,153万6,100株だった。\n\n親会社株主に帰属する当期純利益は、2015年3月期に34億9,400万円、2016年3月期に35億5,400万円だったが、2017年3月期には2億9,800万円へ落ちた。経常利益ではネット証券大手6社のうち最下位だった。静岡銀行は同期にマネックス株の減損で121億円の損失を計上した。これが同行の大幅減益の一因となった。同行の元首脳は「マネックスとの提携で果実がないなら、責任問題になりかねない」（週刊東洋経済 2018/4/21）と語っている。投資信託の販売やブロックチェーン技術の実証実験で協業は始まっていたが、収益への貢献はまだ現れていなかった。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2016年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2017年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2018年4月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2016年2月12日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]}]},{"start_year":2018,"end_year":2026,"main_title":"暗号資産の急騰と急落を経て証券会社を手放す判断（2018〜2026）","subsections":[{"title":"コインチェック買収が変えた収益構造","text":"2017年10月、松本氏はマネックス証券の会長から同社の社長に復帰し、「第2の創業」を掲げた。ブロックチェーンを使った投資商品や資金調達の構想を打ち出し、2018年1月にマネックス仮想通貨研究所を設けたが、交換業の登録は準備中のままだった。競合するSBIホールディングスとGMOフィナンシャルホールディングスはすでに子会社が登録を済ませて事業を始めており、この分野での出遅れははっきりしていた。一方で2018年3月期には米国事業が黒字化する見通しとなり、新しい分野へ資金を振り向ける余裕は生まれていた。\n\n2018年1月、コインチェックが仮想通貨NEMの約580億円分を不正流出させ、単独での事業維持が難しくなった。マネックスグループは同年4月6日に株式譲渡契約を結び、16日に複数の訴訟を抱えるこの会社の全株式を36億円で取得した。買収額は、2018年3月期に1,000億円を超える営業利益を稼いだといわれる会社に対して低い。既存株主に対して今後3年間、利益の半分を還元する条件を設けることで、支払いを抑えた。松本社長は「コインチェックとともに新しい時代の総合金融機関を目指したい」（週刊東洋経済 2018/4/21）と述べた。\n\n買収は連結の数字を大きく動かした。2018年3月期の売上高は536億3,500万円、税引前利益は86億3,100万円だった。クリプトアセット事業は2019年3月期に17億3,200万円の営業損失を出したが、暗号資産の相場が上がった2021年3月期には連結売上高が779億500万円、税引前利益が212億9,600万円、当期純利益が143億5,400万円に達した。前期の売上高532億2,600万円から1年で1.5倍に増えた。翌2022年3月期も売上高887億8,300万円と伸びたが、2023年3月期には558億4,100万円、税引前利益9億6,600万円まで落ちた。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2025年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2018年4月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2020年2月15日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2023年10月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 決算説明会質疑応答 2026年5月12日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"手数料無料化のなかで運用へ向かう","text":"2019年10月末、SBIホールディングスの北尾吉孝社長が3か年計画で手数料をゼロにすると宣言した。12月にはauカブコム証券が信用取引の、松井証券が投資信託の販売手数料の無料化を相次いで発表し、無料化の発表合戦になった。米国には、顧客の注文を特定の取引業者へ回送する対価を証券会社が受け取るペイメント・フォー・オーダーフローという仕組みがある。松本社長は無料化について「追随していく。ただ先には行かないし、様子見でもない」（週刊東洋経済 2020/2/15）と述べ、米国子会社ではすでに無料化を実現したものの、注文回送で収入を得る仕組みのない日本では簡単に無料にはならないと予想した。松本社長は、顧客の注文を取り次いで手数料を得るやり方の先行きに危機感を強めていた。\n\n2019年10月末の中間決算会見で、松本社長は資産運用の手数料を得るモデルへ移ると宣言し、2020年1月16日には運用会社カタリスト投資顧問の設立を発表した。日本株を中心とするアクティブ運用で、成績に対する対価として手数料を得る形である。松本社長は「手数料ゼロでも資産が増えなければ」（週刊東洋経済 2020/2/15）顧客に価値を提供したことにならないと述べ、運用に専念するためマネックス証券の代表権を手放した。同業他社はこれをマネックス証券の売却の前触れと受け止めたが、松本社長は「それは絶対にありえない」（週刊東洋経済 2020/2/15）と否定した。松本社長はこのとき、3年前に掲げた「第2の創業」を改めて持ち出した。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2025年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2018年4月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2020年2月15日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2023年10月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 決算説明会質疑応答 2026年5月12日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]},{"title":"マネックス証券をドコモへ渡す判断","text":"2023年秋、SBI証券と楽天証券が国内株の取引手数料を無料にした。マネックス証券と松井証券は追随できなかった。2023年10月4日、マネックスグループはNTTドコモとの資本業務提携を発表した。中間持株会社を設立してマネックス証券の全株式を移し、その株式をマネックスグループが約51%、ドコモが約49%持つ。取締役の過半をドコモが選ぶため、実質支配力基準により中間持株会社とマネックス証券はドコモの連結子会社となり、マネックスグループにとっては持分法適用会社になった。松本会長は提携の理由を「ネット証券が生き残っていくうえで、プラットフォームとの提携は避けられない」（週刊東洋経済 2023/10/21）と説明した。移管は2024年1月に実行された。\n\nマネックス証券は2023年9月時点で223万口座、預かり資産7兆円を抱えていた。2026年度に300万口座・預かり資産10兆円としていた目標は、提携により500万口座・15兆円へ引き上げられた。中間持株会社の株式価値は970億円とされ、マネックスグループには182億円の売却益が生じた。マネックス証券の2023年3月期の純利益は26億円、純資産額は2023年3月末で486億円だった。配当の下限を従来の2倍にあたる30円へ引き上げる方針も同時に示した。発表翌日、マネックスグループの株価はストップ高の659円をつけて年初来高値を更新した。\n\n譲渡益を反映した2024年3月期の当期純利益は312億9,300万円に達した。翌2025年3月期は税引前損失46億2,600万円、当期純損失50億6,700万円となり、暗号資産事業の不振が響いた。2024年12月にはコインチェックの親会社が米ナスダック市場に上場した。提携の発表時点で手元に残る事業として挙げられたのは、暗号資産交換所のコインチェック、米国のトレードステーション、資産運用のマネックス・アセットマネジメントだった。2026年3月期は営業収益836億600万円、税引前利益157億5,800万円と黒字に戻り、資産運用事業が伸び、トレードステーションの営業収益は過去最高となった。同年5月には暗号資産事業でKDDIとの資本業務提携を発表した。","references":[{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書【沿革】","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 有価証券報告書 2025年3月期","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2018年4月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2020年2月15日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"週刊東洋経済 2023年10月21日号","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]},{"title":"マネックスグループ 決算説明会質疑応答 2026年5月12日","year":null,"month":null,"date":null,"url":null,"quotes":[]}]}]}],"summary":{"title":"サマリー","text":"","qa":[{"q":"なぜ1999年にゴールドマン・サックスの共同経営者がネット証券を始めたのか","a":"手数料の自由化と個人のインターネット利用が同じ年に立ち上がる状況は、店舗も既存顧客も持たない参入者の負担がもっとも軽い。既存の証券会社は店舗と対面営業の費用を抱えたまま価格競争へ入るほかないからである。松本大氏は1998年にゴールドマン・サックス証券へ個人向けネット証券取引の事業化を提案して却下され、上場を半年後に控えた同社を退いた。1999年4月、ソニーと資本金5,000万円を折半で出資し、東京都千代田区にマネックスグループの前身であるマネックスを設立した。営業開始は手数料が完全自由化された同年10月である。"},{"q":"なぜ2018年に流出事件を起こしたコインチェックを買収したのか","a":"交換業の登録を自力で取れば時間がかかり、その間に競合が顧客を固めてしまう。事件で単独での事業維持が難しくなった会社を買えば、特例で営業が認められた「みなし交換業者」の立場と利用者を引き継げる。松本大氏は2017年10月にマネックス証券の社長へ復帰して「第2の創業」を掲げたが、SBIホールディングスとGMOフィナンシャルホールディングスはすでに子会社が登録を済ませていた。2018年4月、コインチェックを36億円で完全子会社化した。既存株主へ3年間、利益の半分を還元する条件を付けて買収額を抑えた。"},{"q":"なぜ2023年に中核子会社のマネックス証券をNTTドコモの連結子会社にしたのか","a":"手数料が無料へ向かう市場では、口座を増やすほど1口座あたりの収益が下がる。自力で集め続けるより、大きな会員基盤を持つ通信会社に集客を委ね、自らは持分法の利益と売却益を受け取るほうが合理的だった。2023年秋にSBI証券と楽天証券が国内株の手数料を無料にしたが、マネックス証券は追随できなかった。2023年10月に提携を発表し、翌2024年1月に中間持株会社株の約49%をドコモへ渡して182億円の売却益を計上した。手元に残ったのは、コインチェックとトレードステーション、資産運用のマネックス・アセットマネジメントである。"}]},"auditVersion":2}