SBI証券「ゼロ革命」による国内株式売買手数料の恒久無料化

2023年実施

最大の収益源を自ら捨てるか、口座という顧客基盤を取るか——ネット証券の無料化競争と収益モデルの転換

時期 2023年8月
論点 収益構造の転換
概要
2023年、SBI証券が国内株式の売買手数料を恒久的に無料化した「ゼロ革命」。9月30日の発注分から、約定代金や現物・信用の別を問わず手数料をゼロにし、委託手数料という最大級の収益源を自ら手放して、口座という顧客基盤の総合収益化へ収益モデルを組み替えた経営判断。
背景
ネット証券は手数料の引き下げ競争でコモディティ化し、SBI証券の営業収益に占める国内株式委託手数料の比率は11.2%まで細っていた。2023年3月にグループの証券口座は国内初の1,000万に達したが、2024年1月の新NISAを控え口座の獲得競争は過熱していた。
内容
2023年8月31日に発表し、9月30日発注分からオンラインの国内株式売買手数料を電子交付を条件に恒久無料化した。楽天証券も同日、翌10月1日からの「ゼロコース」で追随した。失う委託手数料は信用金利・為替・投信と、グループ各社への送客による収益で補う設計へ移した。
含意
取引手数料に依存しない収益構造へ移り、口座数で「1強」を築く戦略を鮮明にした。新NISA時代の顧客基盤を先に囲い込む狙いで、証券会社の収益を取引の仲介から顧客基盤の総合収益化へ移す転換にあたる。
筆者の見解

手数料を捨て、顧客基盤に賭ける

この判断の核心は、最大級の収益源だった売買手数料を、まだ利益を生んでいるうちに自ら捨てた点にある。ネット証券の手数料は引き下げ競争のなかでゼロへ近づいており、いずれ差別化の力を失う運命にあった。SBI証券は、遅れて追い込まれる前に無料化へ動き、失う手数料と引き換えに口座という顧客基盤を最大化する道を選んだ。新NISAという制度変更に時期を重ねたことで、無料化は単なる価格競争ではなく、投資のすそ野を広げながら基盤を囲い込む一手になった。

賭けの成否は、集めた顧客をどれだけ収益に変えられるかにかかっている。信用取引の金利、為替、投資信託、グループ各社への送客——手数料に代わる収益の柱がそろって回らなければ、無料化は体力の消耗に転じる。手数料をゼロにした以上、各社の差は品ぞろえやサービス、グループの厚みへと移り、証券会社の価値は取引を仲介することから顧客基盤そのものを持つことへ動く。SBI証券のゼロ革命は、その問いをネット証券の全社へ突きつけた判断として残る。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

手数料引き下げ競争とネット証券のコモディティ化

SBI証券は、1999年に開業したイー・トレード証券を母体とし、株式売買委託手数料の低さを武器に個人口座を伸ばしてきた。2023年3月には、SBIグループの証券口座が国内で初めて1,000万口座に達した。新規開設者の8割超が株式投資の未経験者で、20代・30代の若年層が過半を占め、投資のすそ野は広がっていた。もっとも、口座を集める原動力だった手数料の安さそのものが、各社の引き下げ競争のなかで底へ近づき、ネット証券の売買手数料は差別化の効かない水準へ向かっていた[1]

収益の面でも、売買手数料への依存は細っていた。収益源の多様化を進めてきたSBI証券でさえ、営業収益に占める国内株式委託手数料の比率は11.2%にとどまっていた。楽天証券をはじめとする競合との顧客獲得競争は激しく、手数料を下げれば下げるほど、証券会社の伝統的な収益源は先細りする。一方で、口座数がそのまま将来の預かり資産と取引の基盤になる以上、目先の手数料を守るか、顧客の数を取りにいくかという二者択一が迫っていた[2]

新NISAをにらんだ口座の争奪

時期の選択にも意味があった。2024年1月には、非課税の枠を広げた新しいNISAの始まりが控えていた。政府の資産所得倍増プランのもとで、預貯金に偏った個人の金融資産を投資へ動かす制度変更が号砲となり、証券口座の獲得競争は一段と過熱した。老後資金への不安を背景に投資を始める層が広がるなかで、この時期に口座を押さえた会社が、その後の長い取引と資産形成の入り口を握る。SBI証券にとって無料化は、新NISA前夜の顧客獲得を一気に引き寄せる手段でもあった[3]

決断

売買手数料の恒久無料化

2023年8月31日、SBI証券は「ゼロ革命」と名づけた施策を発表した。同年9月30日の発注分から、オンラインの国内株式売買手数料を、約定代金の多寡にかかわらず、また現物取引・信用取引を問わず、恒久的に無料とする内容である。適用の条件は、インターネットコースで取引し、取引報告書などの交付書面を電子交付に設定することだけとした。楽天証券も同じ8月31日に、翌10月1日から国内株式の取引手数料を無料にする「ゼロコース」を発表し、追随した[4][5]

無料化は、証券会社の伝統的な収益源を自ら手放す判断だった。SBI証券は失う委託手数料を、信用取引の金利や為替、投資信託といった手数料以外の収益で補い、集めた個人顧客を銀行・保険・暗号資産などSBIグループの各社へ送り込んで、グループ全体で回収する設計を採った。北尾吉孝会長兼社長は、売買委託手数料の無料化を「投資の民主化・大衆化」を進める試みであり、一つの社会課題への挑戦だったと語っている。手数料そのものではなく、顧客基盤の総合的な収益化に賭ける構えである[6][7]

結果

口座「1強」への傾斜と業界のゼロ化

ゼロ革命の後、SBI証券は口座の獲得を加速した。2024年1月に始まった新しいNISAが追い風となり、非課税で投資する窓口を求める個人が同社へ流れ込んだ。北尾会長兼社長は、インターネットの世界では上位が市場を総取りするとの見方から、口座数で「1強」を築く戦略を鮮明にした。手数料を無料にしてでも顧客基盤を最大化し、そこから金融サービス全体の収益を引き出す構想を、新NISA時代の入り口で実行に移した[8]

無料化の波は、SBI証券だけにとどまらなかった。楽天証券が翌日から「ゼロコース」で追いかけ、主要なネット証券に手数料をゼロにする動きが広がった。国内株式の売買手数料という長年の収益源が、業界を挙げて姿を消していく。証券会社は、取引の仲介から得る手数料ではなく、信用取引の金利や為替、投資信託、そしてグループ内への送客といった別の収益で立つ構造へと移った。SBI証券の決断は、その転換を先頭で引き受けるものだった[9]

出典・参考