私設取引所(PTS)事業への参入——株式夜間取引から大阪デジタルエクスチェンジへ

東証に9割が集中する株式市場で、なぜ自前の取引インフラを15年がかりで仕込み続けたのか

更新:

時期 2007年8月
意思決定者 北尾吉孝氏 SBIホールディングス 代表取締役執行役員CEO
論点 取引所インフラの自前化と市場間競争への参入
概要
2007年8月、SBIホールディングスは傘下のSBIジャパンネクスト証券で株式の夜間私設取引システム(PTS)を開業し、参入1カ月で先行2陣営を上回る売買代金を集めた。北尾吉孝氏は当初から昼間市場の開設を公言し、この構想は2022年開業の大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)まで15年かけて引き継がれた経営判断。
背景
1998年12月の証券ビッグバンで取引所集中義務が撤廃されPTSが解禁されたが、先行したマネックス・カブドットコムの夜間市場は取引量が集まらず苦戦していた。米国では私設市場ECNがナスダック銘柄の4〜6割を約定し、既存取引所がECNを買収するほど市場間競争が進んでいた。
内容
約150万口座のSBIイー・トレード証券を核に6証券会社の連合を組み、ゴールドマン・サックスの資本参加も得て夜間PTSを開業した。北尾吉孝氏は「いずれは昼間の取引もやりたい」「将来は取引所になることも想定している」と述べ、2008年10月には昼間のデイタイム・セッションを始めた。
含意
PTSの売買シェアは長く数%にとどまったが、取引インフラを持つ構想は消えず、2021年設立の大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)が2022年6月に株式PTSを開業、2023年12月には日本初のセキュリティトークン二次流通市場「START」を開いた。東証一極への対抗軸は、デジタル証券という新しい市場で形になった。
筆者の見解

筆者見解

この判断の面白さは、単年度の損益では説明しにくい息の長さにある。夜間PTSは開業直後に首位へ立ったものの、市場全体でのシェアは長く数%にとどまり、「SBI取引所」が東証を脅かす日は来ていない。それでもSBIは取引の場を手放さず、ゴールドマン・サックスや三井住友フィナンシャルグループと組み替えながら、市場開設者の立場を15年にわたり保持し続けた。インフラは撤退すれば再取得が難しいという判断が、その底にあったとみることができる。

結果として花が開いたのは、株式そのものよりもセキュリティトークンという隣の市場であった。既存の取引所が上場株で築いた流動性の壁は厚く、正面からの競争では崩せない。だが新しい資産クラスには、まだ支配的な市場開設者がいない。夜間取引で「空いている時間」を突いた発想が、STでは「空いている資産」を突く形で繰り返されているといえる。STARTがどれだけの流動性を集めるかは、本稿の時点ではまだ答えが出ていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

PTS解禁と先行者の苦戦

日本は長く、証券会社が顧客の注文を証券取引所へ集める「取引所集中原則」を採ってきた。金融ビッグバンの一環として1998年にこの義務が撤廃され、証券会社自らが市場開設者となる私設取引システム(PTS)が解禁された。取引はPTSの内側だけで完結し、取引所の閉まる夜間に個人投資家へ売買の場を開けることから、まずマネックス証券が2001年に、カブドットコム証券が2006年9月に夜間取引を始めた[1]

ただ、先行した夜間市場は苦戦していた。カブドットコムの夜間取引は1日の売買代金が1億〜2億円程度にとどまり、システム投資の採算が合わない状態が続いた。売買の価格決定方式は陣営ごとにばらばらで、互いに接続する議論もなく、市場の流動性は細切れのままであった。2007年夏にSBI陣営と大和証券グループの参入が決まり、4陣営の「規格濫立」を疑問視する見方が同時代の誌面に出ていた[2]

米国で進んだ市場間競争

参入判断の下敷きには、米国の先例があった。米国ではECNと呼ばれる私設取引システムが1999年のナスダックの取引ルール変更を機に急成長し、ナスダック銘柄の4〜6割がECN経由で売買されるまでになっていた。既存の取引所も無視できず、ナスダックは2005年にアイネットを、ニューヨーク証券取引所は2006年にアーキペラゴを、それぞれ買収した。取引の場をめぐる競争が、取引所の再編まで引き起こした前例である[3]

決断

口座数を武器にした最後発参入

SBI陣営は2007年8月末、グループのSBIジャパンネクスト証券が運営する夜間PTSを開業した。強みは取引参加者の厚みにあった。中核のSBIイー・トレード証券は約150万件の口座を抱え、マネックスの約80万件、カブドットコムの約60万件を大きく上回った。さらに楽天証券やオリックス証券など計6証券会社の参加を取り付け、単独でなく連合で流動性を集める組み立てを採った[4]

結果は数字にすぐ表れた。開業翌月の2007年9月、ジャパンネクストPTSの1日当たり売買代金は5億円強となり、約1億円のカブドットコム陣営、約2億円のマネックス陣営を1カ月で抜き去った。共同出資者には米ゴールドマン・サックスが加わっていた。同社は2007年2月末に50%の資本参加をした後も3割超を持ち続け、日本法人の佐護勝紀取締役は開業会見で「もう一つの流動性を募る」と語った[5]

「昼間市場開設への布石」

北尾吉孝氏にとって、夜間取引は入り口にすぎなかった。2007年8月27日の開業会見で同氏は「いずれは昼間の取引もやりたい」と述べ、その後の取材には「来年春以降、昼間取引の参入について金融庁への認可申請など、具体的な準備を始める」と明かした。株式の取引量は夜間より昼間が圧倒的に多く、東証・大証などの取引所内取引が9割以上を占める本丸へ切り込む構想であった[6]

構想の射程は、私設取引の枠さえ超えていた。PTSには全取引所売買代金の1割を超えると取引所免許の取得を要する数量制限があり、北尾吉孝氏は「上場審査体制をはじめ整備しなければならない点はあるが、将来は取引所になることも想定している」と語った。北尾氏の言葉を借りれば、夜間PTSは東証一極の市場構造に対抗する「SBI取引所」構想の布石であった[7]

結果

昼間参入と長い雌伏

宣言どおり、SBIジャパンネクスト証券は2008年10月に取引時間を昼間へ広げ、午前8時20分に始まるデイタイム・セッションを開始した。もっとも、東証の牙城は容易に崩れなかった。参入と撤退を経て2018年時点で残った運営会社はチャイエックス・ジャパンとSBIジャパンネクスト証券の2社となり、両社を合わせた株式売買シェアは3〜4%にとどまった。約9割を握る東証との差は歴然としていた[8][9]

一方で、PTSは投資家の売買条件を静かに変えていた。2017年末から楽天証券がPTSへの接続を始め、東証とPTSの気配値を自動比較して有利な価格で約定する仕組みが個人投資家にも開かれた。2016年12月の金融審議会報告書はPTSでの信用取引の原則解禁を打ち出し、制度面の制約も一つずつ外れていった。シェアは小さくとも、取引の場が複数あること自体が価格改善の圧力として働き始めていた[10]

大阪デジタルエクスチェンジへの結実

15年前の構想が再び動いたのは、証券のデジタル化が視野に入ってからである。SBIホールディングスは2021年4月、三井住友フィナンシャルグループと組んで私設取引所の運営会社・大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)を設立した。まず株式の取り扱いから始め、将来はブロックチェーン上で発行されるセキュリティトークン(ST)を扱う設計で、2022年6月27日に株式PTSを開業した。初日の売買代金は44億円と、約12年ぶりの新規PTSとしての船出であった[11][12]

2023年12月25日、ODXはセキュリティトークン取引のPTS「START」の売買を開始した。日本初のSTの二次流通市場で、開業時はSBI証券と大和証券が取引に参加し、SMBC日興証券・野村證券も参加を予定した。夜間の株式取引から始まった私設市場の構想は、既存の株式で東証と正面から競う形ではなく、不動産や社債を小口化するデジタル証券という新しい市場の開設者となる形で実を結んだ[13]

出典・参考

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