松井証券の起源は、1918年5月に六人の相場師が興した米の仲買商、松井房吉商店[1]にさかのぼる。同じ月に東京株式取引所の一般会員となり、株式の売買にも加わった。1931年3月に株式会社松井商店を設立[2]して法人組織に改め、戦後の1947年12月には松井證券へ商号を変更した[3]。1948年8月に証券業の登録を受け[4]、翌1949年4月には再開された東京証券取引所の正会員に加わった。
もっとも、規模は小さかった[5]。1995年3月期の営業収益は21億円、従業員は128人、資本金は6億1000万円[6]で、東証での委託売買金額はバブル期の2.5倍にあたる約1500億円で、シェアは0.17%だった[7]。ただし国内証券222社のうち経常黒字を確保したのが20社だけ[8]という当時にあって、松井証券はその一社であり、当期利益も黒字を維持していた。顧客の7割が信用取引を使う構成[9]が、この収益を支えていた。
1986年ごろ、松井証券は人件費を抑えるために給与体系を変え[10]、営業マンの歩合給を大幅に圧縮した[11]。これに反発した営業部長・次長・課長といったエース級の営業幹部五人が退社し、重要な顧客も一緒に去った[12]。営業部隊は壊滅状態となり、残された手段として始めたのが新聞広告による集客だった[13]。売り込む人間がいないので、広告を見た顧客からの電話を受けるほかなかった[14]。この方法で集めた新規顧客は1996年には1日に50件を数える日もあり、口座数は3年前の3倍を超えて1万を上回った[15]。のちに外交営業の否定として語られる方針は、理念から出発したのではなく、営業部隊を失った会社の窮余の策だった。
タンカーや定期船を担当し、30歳で労働組合の書記長を務めた[16]。当初は家業を継ぐ気がなく、結婚の条件として継がないことを挙げていたが、義父がすでに70歳に達し、このままでは会社が他人の手に渡ると判断して決断した[17]。1988年に取締役、1990年に常務取締役営業本部長となり[18]、社内改革の実権を委ねられた。
松井道夫氏には、当時の証券界が不合理に見えた[19]。入社当時の印象を、のちに『こんなにぼろい商売があるのか』[引用元](日経ビジネス 1996/8/5)[20]と述べた。保護行政のもとにある証券業を、業と呼べるものではないとも突き放した[21]。免許制に守られ、顧客のリスクで手数料を得る構造そのものへの反発[22]が、以後の施策の動機となった。
1991年には銘柄を薦めない方針を新聞広告で打ち出した[23]。同じ年、割引金融債を流通市場の利回りで個人に売り出して同業者から強い批判を受けた[24]。『個人にも証券市場に参加する権利はある』[引用元](日経ビジネス 1996/8/5)[25]というのがその理由だった。営業体制の組み替えは業績に響き、1991年度には経常赤字に陥った。ただし赤字はこの一期にとどまった[26]。
顧客の側の条件も変え[27]た。大手が最低1000万円としていた信用取引の保証金を200万円に下げ[28]、有価証券の保護預り手数料も業界横並びの年3000円から1000円へ引き下げた[29]。同業他社からは『そんなことをしたら証券業界から村八分になるぞ』[引用元][30](日経ビジネス 1995/6/12)と脅された。1995年5月には本店営業部に多い日で140件の問い合わせが入り、同年4月に入社した17人のうち10人を本店営業部へ配し、全社員の3分の1にあたる40人体制で電話を受けた[31]。松井道夫氏が社長に就いたのは、その翌月にあたる1995年6月である[32]。
手数料をめぐる攻防は、業界団体との交渉から始まった[33]。1996年1月、松井証券は日本証券業協会に保護預り手数料を無料にしたいと打診したが、徴収しないことは許可できないという回答を受けた[34]。そこで同年2月に『3年間100円』へ引き下げて事実上の無料化とし[35]、広告には今後も引き下げの努力を続けると明記した。協会が他の手数料に波及させないことを条件に無料化を容認したのは同年3月下旬[36]で、実施は同年4月だった[37]。翌1997年2月には店頭登録株式の委託手数料を半額にした[38]。株式委託手数料の完全自由化は1999年10月[39]であり、いずれもそれに先んじた。
1998年5月には国内初の本格的なインターネット取引『ネットストック』を始め、同時にインターネットによる信用取引も開始した[40]。翌1999年6月には株式売買の受付をネットへ一本化することを決めた[41]。受付業務を失った顧客サポート部門は、顧客の声を集めて新商品を開発する部署へ役割を変えた[42]。
1999年10月1日、株式委託手数料の完全自由化にあわせて定額制の『ボックスレート』を導入した[43]。割引率は当初7割を想定していたが、過大評価だったという顧客からの指摘を受けて9割に改めた[44]。ネット口座は1999年9月末の1万4300から10月末に1万8800へ増え、同年11月にはインターネットだけで単月1979億円の売買を仲介した[45]。当時の役職員は140人[46]である。
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| 1918〜1990年米の仲買から証券会社へ、兜町の地場証券として(1918〜1990) | 松井房吉商店を創業 | ★★★ | ||
| 東京株式取引所の一般会員に加入 | ★ | |||
| 松井商店を設立 | ★★ | |||
| 松井證券に商号変更 | ★ | |||
| 証券業の登録 | ★ | |||
| 東京証券取引所の正会員に加入 | ★★ | |||
| 1990〜1999年外交営業の否定から手数料自由化の先取りへ(1990〜1999) | 松井道夫 | 松井道夫氏が社長に就任 | ★★ | |
| 松井道夫 | 外交営業の否定と広告・電話営業への転換、株式保護預り手数料の無料化 1990年代前半、松井証券が対面の外交営業を捨てて新聞広告と電話による集客へ移り、1996年には業界がほぼ横並びで年3000円を徴収していた有価証券の保護預り手数料を事実上無料にした判断。日本証券業協会の拒否を、3年間100円という値づけでかわした。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 松井道夫 | 店頭登録株式の委託手数料を半額化 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 国内初の本格的インターネット取引「ネットストック」を開始 | ★★★ | ||
| 松井道夫 | 国内初のインターネット信用取引を開始 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 日経平均株価指数オプション取引の買建を取扱開始 | ★ | ||
| 松井道夫 | 定額制手数料「ボックスレート」の導入と、当初案7割引から9割引への変更 1999年10月1日の株式委託手数料の完全自由化に合わせ、松井証券が定額制の手数料体系『ボックスレート』を導入した経営判断。売買金額300万円まで3回まで3000円という水準は、自由化前の固定手数料のほぼ10分の1にあたる。松井道夫社長の主導による。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2000〜2012年ネット証券の先頭に立ち、そこから退いた十年(2000〜2012) | 松井道夫 | 松井証券に商号変更 | ★ | |
| 松井道夫 | 外国為替証拠金取引(FX)サービスを開始 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 東京証券取引所市場第一部に上場 | ★ | ||
| 松井道夫 | 第1回ポーター賞を受賞 | ★ | ||
| 松井道夫 | 無期限信用取引を開始 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 本社を東京都千代田区麹町に移転 | ★ | ||
| 松井道夫 | 取引ツール「ネットストック・ハイスピード」を導入 | ★ | ||
| 松井道夫 | スマートフォン向け投資情報アプリ「株touch」を導入 | ★ | ||
| 2013〜2026年デイトレードへの特化と、創業家からの承継(2013〜2026) | 松井道夫 | デイトレード限定「一日信用取引」の導入と、委託手数料に依存しない収益構造への移行 2013年1月、松井証券が信用取引の保証金に関する府令改正に合わせ、返済期限を当日限りとするデイトレード限定の『一日信用取引』を導入した経営判断。手数料と金利・貸株料を原則無料にした業界初のサービスで、松井道夫社長のもとで7期続いた減収を反転させた。 詳細を読む | ★★★ | |
| 松井道夫 | 一日信用取引の「プレミアム空売りサービス」を開始 | ★ | ||
| 松井道夫 | デイトレード限定の「一日先物取引」を導入 | ★ | ||
| 松井道夫 | 投資信託の取扱いとポートフォリオ提案「投信工房」を開始 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 投資信託の販売手数料を完全無料化 | ★★ | ||
| 松井道夫 | 「投信毎月現金還元サービス」を開始 | ★ | ||
| 和里田聰 | 和里田聰氏が社長に就任 | ★★★ | ||
| 和里田聰 | 「短期信用取引」とクロス注文のオンライン受付を開始 | ★ | ||
| 和里田聰 | 投資情報メディア「マネーサテライト」を開設 | ★ | ||
| 和里田聰 | スマートフォンアプリ「松井証券 株アプリ」を導入 | ★ | ||
| 和里田聰 | 監査等委員会設置会社へ移行 | ★ | ||
| 和里田聰 | 米国株式サービスを開始 | ★★ | ||
| 和里田聰 | 投資情報ツール「マーケットラボ」を導入 | ★ | ||
| 和里田聰 | コーポレートブランドとロゴを刷新 | ★ | ||
| 和里田聰 | FX自動売買機能の提供を開始 | ★ | ||
| 和里田聰 | 銀行サービス「MATSUI Bank」を開始 | ★★ | ||
| 和里田聰 | 米国株式の信用取引を提供開始 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(松井証券)