武富士の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

貸倒れを回収の側から縛り、価格の天井を自ら下げてきた会社である。1978年ごろ消費者金融が集中砲火を浴びると、返済不能な借り手への請求を最低1年止める"凍結管理法"を米国の同業にならって敷き、上限金利も日歩28銭から1981年に13銭へ下げた。1996年2月には上限を年27.375%へ下げてから店頭登録し、1998年には与信基準を見直して1口座50万円の上限を据え置いた。2004年10月、武井保雄前会長は盗聴を指示した罪の判決を翌月に控えながらゴールドマン・サックスの株式取得の提示を退けた。この規律が守ったのは貸倒れまでで、金利そのものが否定される事態は想定になかった。

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