日興コーディアルグループの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

株式の売買で得た信用を、債券の引受へ振り向けてきた会社である。1919年3月ころから場外で仕入れた新東株は、5月には受渡しの済まない買い分が2万株を越えた。遠山元一氏は損を負ってでも、大阪の取引先への受渡しを先に済ませている。翌1920年は2月から売買と手持ち株を減らして株式会社への改組を準備し、3月の暴落を避けた。その後、1928年に共同証券の設立に加わって下引受を広げ、1936年12月には共同証券と東京現物団を離れて単独の引受に出た。1938年10月に有価証券引受業法の免許を第1号で受け、1939年3月には日本興業銀行の下引受団へ入るため、公社債の引受を川島屋證券へ移している。

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