決断
規制で一つの商品が塞がれるたびに、取引の形を増やしてきた会社である。1958年9月に通産省が百貨店へ割賦販売の自粛を求め、1959年10月24日の通達でクーポン券の割賦販売は地域・商品・金額の3面で制限された。1960年5月には大阪・名古屋の支店を引き揚げ、売上高は同年度に初めて減少している。その結果、1961年1月に三和銀行と折半出資で日本クレジットビューロー(JCB)を設立し、同年4月には東京都信用金庫協会と提携して消費者金融を本格的に始めた。1963年10月には券を介さない個品あっせんにも着手した。クーポン券の会社から、カード・貸付・保証を持つ信販会社への転換は、この規制の数年間に始まった。