政策保有株ゼロへ ── 損保の持ち合いを解く資本政策の転換

2024年進行中

積年の持ち合いを、なぜ数年でゼロにするのか——カルテル問題を触媒にした資本政策の組み替え

時期 2024年5月
意思決定者 小宮暁(社長)・取締役会
論点 資本政策と政策保有株
概要
2024年5月、東京海上ホールディングスは政策投資として保有する株式を2029年度末(2030年3月末)までに残高ゼロにする方針を定めた。損害保険業が長く抱えてきた政策保有株の持ち合いを、企業向け保険のカルテル問題を触媒に手放す資本政策の転換である。売却益は2025年3月期の純利益1兆552億円を押し上げたが、ゼロの達成は道半ばにある。
背景
損保各社は取引先企業の株式を政策的に持ち、その企業向け保険の取引と関係を結んできた。2023年、複数の損保が共同で引き受ける企業向け保険で保険料を事前に調整していた事実が明るみに出て、金融庁は同年12月、東京海上日動を含む大手4社に業務改善命令を出した。株式の持ち合いは、価格競争を避ける「もたれ合い」の温床とみなされた。
内容
2024年5月20日、同社は非上場株式などを除く政策投資株式を2029年度末までにゼロにすると決めた。2024年度から始まる中期経営計画の3年間で残高を半減させ、2026年度末には連結純資産に対する比率を20%程度まで下げる。2024年3月末の上場政策株は901銘柄・簿価およそ3兆5615億円に上っていた。
含意
縮減ではなく、持たないという到達点を業界に先んじて掲げ、外からの圧力を資本配分の組み替えへ転じた。売却益は当面の利益を厚くする一方、株式を手放したあとで取引先との関係をどう保ち、価格と商品で競争優位をどう築くかという問いが残る。本稿の時点で方針は途上にある。
筆者の見解

持ち合いを解いた先の損保

この判断の芯は、損害保険業が長く抱えてきた政策保有株という慣行を、外からの圧力を触媒にして手放す側へ大きく舵を切った点にある。企業向け保険の価格調整という不祥事と、株式の持ち合いを「もたれ合い」と突いた金融庁の指摘が、皮肉にも積年の持ち合いを解く後押しになった。縮減ではなく、持たないという到達点を業界に先んじて掲げたことの意味は小さくない。ただ、売却益は当面の利益を厚くする一方で、一度きりの果実でもある。株式を手放した先で、取引先との関係をどう保つかという別の問いも残る。

本稿の時点で、ゼロ方針はなお途上にある。2030年3月末という目標までには、株価の変動、投資先企業との対話、売却益の一過性といった不確かさが横たわる。政策株を持たない損害保険会社が、価格と商品の力だけでどう競争優位を築くのか——持ち合いという古い接着剤を剥がしたあとの損保の姿は、まだ像を結んでいない。積年の慣行を資本政策として組み替えるこの選択が、業界の競争のかたちをどこまで変えるかは、これからの数年が答えることになる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

損保が抱えた政策保有株という慣行

損害保険会社は、取引先企業の株式を政策的に持ち、その企業向け保険の引き受けと関係を結んできた。東京海上日動もこの慣行の担い手であり、ミレアホールディングスを設立した2002年度以降は国内の政策投資株式を累計2.7兆円(売却時価ベース)売り進め、2024年3月末の簿価を2002年3月末の28%まで下げていた。それでもなお、上場政策株の貸借対照表計上額は901銘柄・およそ3兆5615億円に上り、資本の重い部分を占めていた[1]

この持ち合いが2023年に問題として噴出した。複数の損保が共同で引き受ける企業向け保険で、保険料の水準を各社の担当者が事前に調整していた事実が明るみに出て、金融庁は2023年12月26日、東京海上日動を含む大手4社に業務改善命令を出した。同じころ、中古車販売大手による保険金の不正請求も表面化し、損保の営業慣行そのものに批判が集まっていた[2]

金融庁が突いた「もたれ合い」

金融庁は、取引先の株式を持ち合うこと自体を問題の根に据えた。株式を持ち合う相手とは価格を競い合いにくく、それが競争を避ける「もたれ合い」の温床になったとみたのである。2024年2月、金融庁は損保大手4社に対し、延べ5900社・時価6.5兆円に及ぶ政策保有株の売却を加速するよう求めた。営業を後押しするための株式保有が、かえって公正な競争を歪めているという指摘だった[3]

決断

2029年度末までにゼロ、という宣言

2024年5月20日、東京海上ホールディングスは、政策投資として保有する株式を2029年度末(2030年3月末)までに残高ゼロにする方針を定めた。同社は「先般の業務改善命令を受け、適正な競争実施のための環境整備に向けた取組みの一環として」ゼロにすると明記している。縮減の速度を上げるのではなく、持たないという到達点を据えた点に、それまでの削減との段差があった[4]

手順も具体的に描いた。2024年度から始まる中期経営計画の3年間で残高を半減させ、2026年度末には連結純資産に対する政策株の比率を20%程度まで下げる。売却で空く資本は、リスクポートフォリオを見直したうえで、社会課題の解決や成長分野へ振り向けるとした。持ち合いの解消を、不祥事への対応にとどめず、資本の配分を組み替える機会として位置づけたのである[5]

結果

売却益が押し上げた純利益1兆円

方針は初年度から数字に表れた。政策株の売却益に、円安の進行と国内の自然災害の少なさが重なり、2025年2月14日、東京海上HDは2025年3月期の連結純利益見通しを従来から引き上げ、初の1兆円になると発表した。実際の2025年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益は1兆552億円となり、国内の損害保険会社として初めて1兆円を超えた。持ち合いの解消は、当面は多額の売却益という形で利益を押し上げた[6][7]

出典・参考