減益の年に会社がまずやることは経費を削減することである。鈴木敏文副社長が業革で守らせたのは、その逆であった。タクシーは禁じる。しかし衣料の発注書に"赤"と文字だけ書いていたのをやめ、カラーサンプルを付け、商品を全部写真に撮って配らせる。費用は跳ね上がる。売れ筋を本部の理屈ではなく売場の目でつかむには、その情報の費用が要る。仕入れる者と売る者を一人の人間に近づけるための投資であった。
業革は成果を約束しなかった。売れない商品のロスは利益の3倍から同額まで下がったが、着手11年後の1994年2月期には再び減益に落ち、1992年に開いた仙台泉店では好評のさなかで売れない商品が4割出ている。20年続けてなお改革と呼び続けたところに、この判断の性格が表れている。