この決断の核心は、現に売れている人手警備をあえて断ち、当時ほとんど売れていなかった機械警備へ主力を移した点にある。オリンピック後の警戒注文は殺到しており、そのまま警備員を増やせば売上は伸びた。飯田氏はその道を断ち、開発から3年で売上の0.5%しかない無人化警備に会社の将来を賭けた。人を増やすほど費用が膨らむ構造から、契約が積み上がるほど利益が残る構造へ——収益の作り方そのものを組み替える選択であったと推察される。
もっとも、この転換が容易だったわけではない。府中3億円事件のような逆風、機械への顧客の不信、慣れた商品を売りたがる営業現場と、越えるべき壁は多かった。それでも人手に依存しない収益構造を選んだ判断は、その後のセコムの骨格として残った。契約を積み上げてストック収益を厚くし、その資金で新領域へ挑むという型は、家庭向け警備から医療・保険、そして今日のAIやドローンによる省人化まで引き継がれている。人手不足が深刻さを増す時代に、機械が人をどこまで補えるかという問いを、この決断は早くから経営の中心に据えていたといえる。