決断
規模が要るときは合併し、規制で詰まったときは別会社を立てた。合併後に掲げた差別化戦略は、中部圏を固める店舗配置、郊外立地と低層店舗、25歳から35歳への顧客層の絞り込みの3点からなる。地価の安い郊外なら1階から2階建てで広い売場と駐車場が取れ、建築費も安く済む。1977年の売上高は2,840億円と合併時の3倍を超え、88店のうち60数店を東海三県と北陸が占める。1984年1月には大規模小売店舗法の枠外にある小型店をサークルケイ・ジャパンとして設立した。新しい業態を本体へ入れなかったことが、のちに総合スーパーとコンビニを別々に切り離せる会社の形を作った。
2004年 サークルKとサンクス統合
業績の推移2003 2004 2009 売上高(兆円) 1.0 1.0 1.0 経常利益率(%) 4.6 3.9 3.8 1984年1月 サークルケイ・ジャパン設立
1971年 西川屋とほていや合併