単品売買モデルから顧客の資産価値最大化を掲げる資産管理型ビジネスへの転換

売買仲介で稼ぐ会社か、顧客の資産を預かり育てる会社か——創業以来のやり方からかじを切る転換は何を変えるか

更新:

時期 2024年4月
意思決定者 荻野明彦中田誠司 大和証券グループ本社 代表執行役社長CEO・大和証券グループ本社 代表執行役会長(前社長CEO)
論点 単品売買に依存する証券モデルからの脱却と、資産管理型ビジネスへの転換の成否
概要
手数料自由化とネット証券の台頭で株式・債券を売買する単品売買の証券モデルが行き詰まるなか、中田誠司社長の逆張り店舗拡大で対面接点を残した大和証券グループ本社が、2024年4月に荻野明彦社長のもとで顧客の資産価値最大化を掲げ、創業以来の売買仲介から資産管理型(ウェルス・マネジメント)へビジネスモデルを転換した経営判断。
背景
株式委託手数料の自由化以降、ネット証券が台頭し、売買のたびに手数料を得る単品売買モデルは市況次第で収益が振れた。大和証券グループ本社の営業収益は2020年3月期の6,722億円から翌2021年3月期には5,761億円へ落ち込み、対面証券の存在意義そのものが問われていた。
内容
中田体制は他社が店舗を減らすなかで逆張りの店舗拡大に踏み切り、対面の接点を維持した。2024年4月に就任した荻野明彦社長は中期経営計画「Passion for the Best 2026」を掲げ、証券会社が単品商品の売買で成り立ってきた創業以来のやり方からかじを切ると宣言し、顧客資産の価値最大化を経営の中軸に据えた。
含意
転換後の2025年3月期は営業収益1兆3,720億円・純利益1,543億円と伸びたが、新NISA開始と株高という追い風も重なり、資産管理型への転換そのものの成果はなお切り分けが難しい。手数料に依存しない収益体質づくりと対面の価値の証明は現在進行形であり、成否の評価はなお定まっていない。
筆者の見解

売り方ではなく稼ぎ方を替える

この転換が狙ったのは、売り方ではなく稼ぎ方の物差しそのものを替えることであった。株式や債券を売買するたびに手数料を得るという、証券業が創業以来続けてきた作法から距離を置き、顧客の資産価値を高めることを収益の源に据え直す——中田体制が逆張りで守り抜いた対面の店舗網は、その転換の器として引き継がれた。守ることと変えることを二段構えで運んだ経営の呼吸に、この会社の連続と断絶が同居している。

問われるのは、顧客の資産が増えることと会社が儲かることを、どこまで同じ方向にそろえられるかである。売買を促すほど手数料が入る旧来のモデルには、顧客と証券会社の利害がずれる構造がつきまとった。資産価値の最大化を掲げる転換は、その利害を一致させると宣言する試みでもある。新NISAで「貯蓄から投資へ」の裾野が広がるなか、対面の相談に手数料を超える価値を見いだせるか。創業以来のやり方から切ったかじが本物であったかどうかは、追い風がやんだ相場でこそ試されることになる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

単品売買の証券モデルが揺らぐ

証券会社の収益は長く、株式や債券を売買するたびに得る委託手数料に支えられてきた。だが1999年に株式の委託手数料が完全に自由化されると、インターネット専業証券が手数料の引き下げ競争を仕掛け、売買を仲介するだけの単品売買モデルは価格の優位を失っていった。手数料に依存する収益は市況次第で振れ、大和証券グループ本社の営業収益は2020年3月期の6,722億円から翌2021年3月期には5,761億円へと落ち込んだ。対面証券が何を対価に手数料を得るのかが、あらためて問われていた[1][2]

大和も手をこまねいていたわけではない。スマートフォンで完結するネット証券「大和コネクト証券」を立ち上げ、若年層や少額投資家をデジタルで取り込む一方、既存の対面基盤との役割分担を探った。もっとも、売買が動くたびに稼ぐ収益の構造そのものは変わらず、相場が振るわなければ手数料も細る体質は残った。市況に左右される収益の質をどう変えるかが、次の経営が引き受ける課題となっていた[3]

中田体制の逆張り

2017年に社長へ就いた中田誠司氏は、業界が対面店舗を削り、デジタルへ比重を移すなかで逆の道を選んだ。他社が店舗網を縮小するなか、あえて店舗を増やす「逆バリ店舗拡大路線」を掲げ、対面で顧客と向き合う接点を厚くした。デジタルとリアルを二者択一とみなさず、対面でしか担えない相談の機能に活路を求める判断であった。単品売買から抜け出す前に、まず顧客との接点を手放さないことを優先した布石とみることができる[4]

中田氏の路線の底には、証券業ならではの価値観があった。銀行がリスクを避ける文化に立つのに対し、証券は日々の相場で損益が動く世界であり、中田氏は「リスクに挑まないとビジネスにならない」[5]と述べている。安全策に逃げず、対面という重い固定費を抱えてでも顧客基盤を守る——その構えは、単品売買の限界を超える次の一手の土台を用意するものであった。

中田氏が引き継ごうとしたのは店舗網だけではなかった。荻野体制が中期経営計画で転換を正面に掲げる二年前、中田氏はすでに資産管理型ビジネスモデルへの完全な転換を経営目標に据えていた。売買のたびに得るのではなく預かり資産の残高に応じて支払われるストック収益の比率を、リテール全体の約37%から約2年で50%へ高めると語り、ファンドラップや投信、外貨預金の残高を積み増す道筋を数字で示していた。単品売買から資産管理型へという旗は中田体制の時点で掲げられており、荻野体制の宣言はその路線を経営の言葉として前面に据え直すものであったとみることができる[6][7]

決断

創業以来のやり方からかじを切る

2024年4月、経営企画畑を長く歩んだ荻野明彦氏が中田氏の後を継いで社長CEOに就き、あわせて中期経営計画「Passion for the Best 2026」を掲げた。荻野氏は、証券会社が株式や債券という単品商品の売買で成り立ってきたことを認めたうえで、創業以来のそのやり方からかじを切ったと述べ、売買仲介で稼ぐ会社から、顧客の資産を預かり育てる資産管理型(ウェルス・マネジメント)へ事業の柱を移すと宣言した。証券民主化以来の商いの作法を、経営の言葉で塗り替える転換であった[8][9]

転換は掛け声にとどまらなかった。荻野氏は「お客さまの資産価値最大化を経営方針として掲げている。これは不退転の決意を表している」と述べ、顧客資産の価値を高めることを収益の源に据え直した。中期経営計画では連結ROE10%程度、市況に左右されにくい安定収益を示す「ベース利益」1,500億円という目標を置き、売買高ではなく預かり資産の積み上げへと社内の評価軸を移そうとした。稼ぎ方の物差しそのものを替える試みであった[10][11]

対面を残し、自前主義を解く

かじを切ってなお、荻野氏は対面を捨てなかった。「対面のニーズはなくならない。バーチャルが増えるほど、リアルを人間は求める」と述べ、資産管理型への転換を、店舗と担当者を通じた対面の相談機能の上に築こうとした。中田体制が逆張りで守った店舗網は、単品を売る販売の拠点から、顧客の資産全体に寄り添う相談の拠点へと役割を変える。器を捨てるのではなく、器の中身を入れ替える転換とみることができる[12]

転換のもう一つの軸は、自前主義を解くことであった。荻野氏は「成長していくうえで必要なピースがあれば躊躇なく他社との提携に動く」と述べ、就任後はあおぞら銀行やかんぽ生命保険などとの資本業務提携を相次いで公表した。資産管理型ビジネスに欠かせない銀行・保険・不動産などの機能を、自前で抱え込まず外部と組んで補う構えである。ものを売り切る証券から、顧客の資産を総合的に預かる金融へと、事業の輪郭を広げる動きといえる[13][14]

結果

追い風と重なった初年度

転換の初年度にあたる2025年3月期、大和証券グループ本社の営業収益は1兆3,720億円、経常利益2,247億円、純利益1,543億円と、いずれも前の期を上回った。数字だけを見れば転換は好発進に映る。だが同じ時期には新NISAの開始と歴史的な株高が重なり、売買も預かり資産もそろって追い風を受けていた。資産管理型への転換そのものがどれだけ収益を底上げしたのかは、市況の要因と切り分けにくく、なお判別の難しいところにある[15]

資産管理型ビジネスの本質は、売買のたびの手数料ではなく、預かり資産に応じて安定的に得る収益を厚くすることにある。中期経営計画が掲げるベース利益1,500億円という目標は、その安定収益をどこまで積み上げたかを測る物差しとなる。荻野氏自身、転換を支えるのは「企業カルチャー、人材、積み上げてきたノウハウ」の三つであると述べ、号令ではなく現場の作法の変化として根づかせようとしている。目標の達成度が固まるのは計画の最終年度以降であり、成否の判定はなお先にある[16][17]

出典・参考
  • 大和証券グループ本社 有価証券報告書【沿革】
  • 大和証券グループ本社 有価証券報告書(連結)
  • 大和証券グループ本社 中期経営計画「Passion for the Best 2026」
  • ダイヤモンド・オンライン(2025年8月8日)「大和証券Gの荻野社長が語る『真の資産管理型ビジネス』の極意」(https://diamond.jp/articles/-/369178)
  • ダイヤモンド・オンライン(2020年8月25日)「大和証券グループ社長が明かす『逆バリ店舗拡大路線』の勝算」(https://diamond.jp/articles/-/246560)
  • 日経ビジネス電子版(2022年6月1日)「大和証券グループ中田社長『リスクに挑まないとビジネスにならない』」(https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00345/053100011/)
  • 財界オンライン(2024年6月)「大和証券グループ本社・荻野明彦の『投資家、株主から最も信頼される会社に』」(https://www.zaikai.jp/articles/detail/4050)
  • 日経ビジネス電子版(2024年5月28日)「大和証券G荻野社長の脱自前主義『必要な提携は躊躇しない』」(https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00139/052700184/)
  • 週刊東洋経済 2022年2月5日号「トップに直撃 大和証券グループ本社 社長 中田誠司『資産管理型モデル目指す 日本流の品ぞろえが必要』」