「猛烈営業」モデルの転換と国内店舗2割削減 ── ウェルス・マネジメントへの構造改革
手数料自由化とネット証券の台頭のなか、「猛烈営業」で築いたリテールの巨艦は資産管理型へ転換しきれるか
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- 概要
- 手数料自由化とネット証券の台頭で国内リテール収益が頭打ちとなり、リーマン承継から10年で2度目の赤字を負った野村ホールディングスが、2019年4月に国内店舗の約2割削減と3年で1,400億円のコスト削減を発表し、戸別訪問や電話勧誘で「猛烈」と称された営業モデルを富裕層・資産管理型へ転換した構造改革。2024年4月には営業部門をウェルス・マネジメント部門へ改称した。
- 背景
- 株式売買委託手数料の自由化とネット証券の普及で対面リテールの相対的地位が低下し、駅前一等地に路面店を構える全国一律の店舗網と猛烈営業モデルが採算面で限界に近づいた。2019年3月期には海外ホールセールの不振も重なり、親会社株主帰属当期純損失▲1,004億円を計上した。
- 内容
- 2019年4月4日、野村證券は全156店舗の約2割にあたる30店強を首都圏中心に統廃合し、3年で2018年3月期比1,400億円(海外10億ドル・国内300億円)のコストを削減すると発表した。営業員約6,900人のうち約3,300人の配置を顧客属性に応じて入れ替え、報酬を成果連動型へ寄せた。
- 含意
- 2020年4月に奥田健太郎氏が5代目グループCEOに就いて改革を継承し、2020年3月期に純利益2,169億円へ回復した。2024年4月に営業部門をウェルス・マネジメント部門へ改称して資産管理型への転換を制度化したが、2024年3月期の純利益1,658億円は2006年3月期の最高益3,043億円に届かず、メガバンク系証券やネット証券との競争のなか評価は途上にある。
「猛烈営業」を捨てるということ
この改革の含みは、野村が自らの代名詞を手放したところにある。戸別訪問と電話勧誘で相場を動かした猛烈営業は、戦後の証券民主化以来、野村を業界最大手へ押し上げた原動力であった。その営業スタイルを「見直す」と自ら宣言したことは、単なるコスト削減を超えて、稼ぎ方の哲学そのものを組み替える宣言に近い。売買の回転で手数料を得る仲介業から、顧客の資産を長く預かって助言で報いを得る資産管理業へ。証券会社が何で食べていくのかという問いに、野村は正面から向き合ったといえる。
もっとも、看板を掛け替えることと、収益体質が変わることは同じではない。店舗を2割削り、営業を資産管理型へ組み替えてもなお、最終利益は往時の最高益に届かず、天井は低いままにある。ネット証券が売買を、メガバンク系が資産管理を奪い合う市場で、対面リテールの巨艦が付加価値を示し続けられるかは、まだ答えの出ていない問いである。手数料自由化とデジタル化がすべての証券会社に突きつけた「対面の価値とは何か」という問いに、野村の転換がどこまで応えられるのか。その帰趨は、この先の預かり資産とフィー収益の厚みが静かに語ることになる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
手数料自由化とネット証券が崩したリテールの土台
野村證券のリテールは、駅前一等地に路面店を構え、営業員が戸別訪問と電話勧誘で株式や投信を売り込む対面攻勢を収益の柱としてきた。だが株式売買委託手数料の自由化とネット証券の普及で、売買のたびに手数料を稼ぐ仲介モデルの採算は細り続けた。デジタル技術の発展で店舗そのものの重要性が下がり、拡大を続けてきた全国一律の店舗網は、維持費に見合う収益を生みにくくなっていた。野村は2019年、この営業戦略の転換に踏み込む判断を迫られていた[1]。
猛烈営業は野村の強みであると同時に、収益構造の弱点でもあった。相場が良ければ売買の回転で稼げるが、市況が冷えれば手数料収入は細り、路面店と多数の営業員を抱えるコストだけが残る。個人の資産形成が長期の積立や指数連動へ移り、ネット証券が低コストで顧客を吸収するなか、駅前一等地に構える全国一律の店舗コンセプトは時代とずれ始めていた。売買仲介で稼ぐモデルそのものが、構造的な曲がり角に立っていたとみられる[2]。
リテールの土台を崩したのはネット証券だけではなかった。改革発表の前年、三菱UFJフィナンシャル・グループの堀直樹専務は、商業銀行の従来型ビジネスモデルが限界に達したとして、保有資産1億円以上の富裕層約120万人を対象にウェルス・マネジメントを主軸へ据える「リテール再構築」を掲げていた。預かり金融資産を将来100兆円へ積み上げて最大手証券を追う構えであり、当時の野村ホールディングスが2020年に顧客資産残高150兆円(2018年3月末で117兆円)を目標としていたのに対し、メガバンク最大手が資産管理型ビジネスで野村を追撃するリテールの争いが、改革に先立って熱を帯びていた[3]。
10年で2度目の赤字という号砲
転換を決定づけたのは、足元の決算であった。2019年3月期の連結決算で、野村ホールディングスは営業損失▲377億円、親会社株主帰属当期純損失▲1,004億円を計上した。2008年のリーマン部門承継から10年で2度目の年度赤字であり、海外ホールセールの不振が引き金となったが、国内リテールの収益も頭打ちで赤字を吸収しきれなかった。海外で稼げないときに国内で埋め合わせるという永井浩二氏の下での収益体質が、限界を露呈した決算であった[4]。
永井浩二グループCEOは、繰り返すコスト削減を経営の前提として半ば認めていた。2019年12月のインタビューで、大規模なコスト削減は「何年かに1回か、恐らくやらざるを得ない」と述べ、構造改革を一度きりの荒療治ではなく反復する作業と位置づけた。リーマン承継以降、海外損失を国内リテールで吸収する構図が続き、そのつど本社費用や人員を絞ってきた。だが対症療法の反復では収益体質そのものは変わらず、営業モデルの根本に手を入れる必要が意識されていた[5]。
決断
国内店舗2割削減と3年1,400億円のコスト削減
2019年4月4日、野村は国内店舗数を約2割減らす構造改革を発表した。野村證券は今後数年かけて首都圏を中心に30店強を統廃合し、これは全156店舗の約2割に相当する。あわせて2019年4月にはホールセール部門を中心とする構造改革プログラムを打ち出し、国内リテールと海外の両面から陣容を絞り込む方針を固めた。拡大一辺倒だった店舗戦略を反転させ、成長余地のある領域へ経営資源を集中する選択であった[6][7][8]。
コスト削減の目標は大きかった。野村は今後3年間で、2018年3月期の実績比1,400億円のコストを削減すると掲げた。内訳は海外で10億ドル(約1,100億円)、国内で300億円である。リーマン承継で膨らんだ海外の人員と本社費用に加え、国内の店舗網まで踏み込んで削る点に、過去の対症療法との違いがあった。単なる経費圧縮ではなく、稼ぎ方の設計図を描き替える構造改革として打ち出された規模であった[9]。
「猛烈営業」からの決別と営業員の再配置
改革の核心は、店舗の数よりも営業のやり方にあった。積極的な戸別訪問や電話勧誘で「猛烈」とも称された営業スタイルを見直し、駅前一等地に路面店を並べる全国一律のコンセプトを改める。野村は営業員約6,900人のうち約3,300人の配置を、顧客の属性に適したサービスを提供できるよう入れ替え、報酬も成果連動色を強めた。富裕層や事業法人など顧客の属性に応じて、求められるスキルを備えた営業員が担当につく体制へ、対面リテールの中身を組み替える判断であった[10][11]。
再配置の中身は、社内で「マッチング」と呼ばれた。営業社員をそれまでの資産クラス・年齢・職業が混在した担当から、超富裕層・法人担当、富裕層担当、マスアフルエント層担当の主に3つに分け、顧客もニーズや資産クラスごとに割り振った。1人が約300人以上を抱えていた担当口座数は、超富裕層・法人担当と富裕層担当で2〜4割減らし、代わりにマスアフルエント層担当では倍増させ、最大の収益源である富裕層や法人オーナーに営業員が時間を割ける配分へ組み替えた。東京・大阪・名古屋などの大都市では過去最大となる店舗統廃合を約25億円の費用をかけて同時に進め、新しい営業体制を敷けるだけの人員を各拠点にそろえた[12][13]。
この転換は、売買のたびに手数料を得る仲介型から、顧客の預かり資産を長く預かって助言で稼ぐ資産管理型への移行を意味した。回転売買で数字を積む猛烈営業は、顧客本位の潮流とも相性が悪くなっていた。永井浩二氏はリテール出身のトップとして、国内対面事業を野村の地力と見なしてきた一方で、その稼ぎ方を作り替える必要も理解していた。手数料に依存する構造から距離を置き、富裕層の資産全体を任される関係を主力に据え直す試みであったとみることができる[14]。
結果
ウェルス・マネジメントへの改称と業績の回復
改革は守りのコスト削減にとどまらなかった。2019年8月にはネット大手LINEと組んだLINE証券が始動し、その6日後には野村證券が島根県の地銀・山陰合同銀行との提携で基本合意した。若い資産形成世代との接点をLINEに、県内の支店網と人員を山陰合同に求め、対面が最善という従来の思い込みを改めて異業種の販路を取り込む反転攻勢であった。野村の関係者は「これまで対面営業が最善と思い込んできたところもあったが、お客様によってニーズはそれぞれ」と語り、名を捨てても実を取る割り切りで外部の顧客基盤へ手を伸ばした[15][16]。
改革は経営体制の交代とともに継承された。2020年4月、奥田健太郎氏が5代目グループCEOに就任し、構造改革とウェルス・マネジメント強化を並行して進める体制が動き出した。就任直前のホールセール部門ののれん減損810億円を一括計上して不確実性を落とし、コスト・コントロールを続けた。改革発表の翌年にあたる2020年3月期には、親会社株主帰属当期純利益2,169億円へと黒字を回復し、前期の巨額赤字からの反転を果たした[17][18]。
富裕層・資産管理型への転換は、組織の名の上でも形になった。2024年4月、野村は営業部門をウェルス・マネジメント部門へ改称し、マーチャント・バンキング部門を新設、インベストメント・マネジメント部門を設立して体制を再編した。売買仲介の「営業」から、顧客の資産全体を預かる「ウェルス・マネジメント」へ看板を掛け替えたことは、2019年に打ち出した稼ぎ方の転換を制度として定着させる区切りであったといえる[19]。
メガバンクとの競争と、届かぬ最高益
だが改革の果実が最終利益に十分結実したとは、まだ言い切れない。2024年3月期の親会社株主帰属当期純利益は1,658億円で、株価上昇の追い風があったにもかかわらず、持株会社化後の最高益である2006年3月期の3,043億円には届かなかった。店舗と人員を絞り、営業を資産管理型へ組み替えても、収益の天井を押し上げるには至っていない。猛烈営業の時代に記録した高みは、転換後の野村にとってなお遠い水準にとどまっている[20]。
競争の相手も様変わりした。ネット証券が個人の売買を低コストで取り込み、メガバンク系証券が資産管理ビジネスで攻勢をかけるなか、奥田健太郎氏は「証券の殻を壊す」次のステージを掲げ、上場株中心の事業を未公開資産などプライベート市場へ広げる構えを見せる。メガバンクとのリテール決戦のなかで、富裕層の資産全体を任される存在になれるかどうかが、この改革の成否を分ける。改革の射程は現在進行形であり、その評価はなお途上にあるとみられる[21]。
- 野村ホールディングス 有価証券報告書【沿革】
- 野村ホールディングス 有価証券報告書(連結・米国会計基準)
- 日本経済新聞(2019年4月4日)「野村、国内店舗を2割減 デジタル化で営業戦略転換」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43277340T00C19A4MM8000/)
- 日本経済新聞(2019年4月4日)「野村『猛烈営業』転機に 店舗2割削減など発表」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO43341360U9A400C1EE9000/)
- Bloomberg(2019年12月27日)「野村の永井CEO:大規模コスト削減は今後も必至、タオル絞りきれず」(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-12-27/Q2P7HMT1UM0Y01)
- ダイヤモンド・オンライン(2025年8月6日)「野村HDが“証券の殻”を壊す!?メガバンクとのリテール決戦に奥田社長が激白した『次のステージ』の中身」(https://diamond.jp/articles/-/369177)
- 週刊東洋経済 2019年11月2日号「野村証券 反転攻勢の全貌」
- 週刊東洋経済 2018年9月29日号「三菱UFJが野村グループに挑戦状 リテール改革に本腰」