筆者の見解
縮む本業を、どこで埋めるか
この判断の核心は、成熟して縮むしょうゆという本業を、値下げ競争で守るのではなく、組織の作り替えと市場の広げ方で乗り越えようとした点にある。米国で経営を学んだ茂木友三郎社長は、同族色の強い老舗に社長直属の商品別責任制を持ち込み、意思決定の速さそのものを競争力にしようとした。プロダクト・マネジャーに全責任を負わせる仕組みは、縦割りに慣れた組織にとっては大きな緊張をともなうものであっただろう。
攻めの矛先が、しょうゆそのものではなく、つゆ・たれといった周辺調味料と海外の現地生産に向いた点も見逃せない。縮む中心を無理に押し返すのではなく、まだ伸びる縁へ資源を移す——この選択は、後年のキッコーマンが国内より海外で稼ぐ姿へとつながっていく。1996年に始まった"攻め"への転換が、単年の掛け声で終わらず、収益源を海外へ移していく長い流れの入り口になったのかどうか。それは、その後の海外事業の伸びが答えていくことになる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月