三菱HCキャピタルUFJセントラルリースとの合併と三菱UFJリースの発足
銀行の連結子会社にならずに統合する——リース会計基準の変更を前に、ダイヤモンドリースは何を守ろうとしたか
- 概要
- 2006年10月19日、三菱UFJフィナンシャル・グループの持分法適用関連会社であるダイヤモンドリースとUFJセントラルリースが、2007年4月1日を合併期日とする基本合意書を締結したと発表した。ダイヤモンドリースを存続会社とする吸収合併で、新会社の商号は三菱UFJリースとなった。
- 背景
- 2005年10月の三菱UFJフィナンシャル・グループ発足以降、信託銀行・証券会社・普通銀行の合併が順に進んでいた。同時にリース業界では、ファイナンスリースを資産計上させるリース会計基準の変更と、日銀のゼロ金利解除に伴う調達コストの反転が重なり、従来の収益構造が細りはじめていた。
- 内容
- 合併比率は1対1で、UFJセントラルリース株主に普通株式23,338,416株を割当交付し、合併交付金の支払いはなかった。基本合意から3カ月後の2007年1月19日に合併契約書を締結し、2月20日の臨時株主総会を経て4月1日に合併している。同月、名古屋証券取引所市場第一部に上場した。
- 含意
- 同じ時期に発表された三井住友銀リースと住商リースの統合が銀行の連結子会社化を選んだのに対し、ダイヤモンドリース側は上場を維持し銀行の連結対象に入らない道を選んだ。物件の売買やメンテナンスを自ら手がけるオペレーティングリースへ移るには、銀行法の業務規制の外にいる必要があるという判断が働いていた。
統合の順番と、統合の中身
メガバンクの統合に続いて系列のリース会社が一つになるという流れだけを見れば、この合併は上流で決まったことの下流での処理に見える。ただ、発表資料と当時のインタビューを並べると、当事者が最も時間を割いて説明したのは相手の選定でも規模の大きさでもなく、統合後にどの法律の下に立つかという点であった。銀行の連結子会社になれば調達の後ろ盾は厚くなるが、物件を売り買いする業務は制限される。上場を保つ選択は、親の信用を一部手放して事業の自由度を取る取引にあたる。
その判断の当否は、合併から数年では見えなかった。会計基準の変更でリース需要が細り、金利も反転し、合併で得た規模は逆風のなかで維持費だけがかさむ資産にもなりえた。実際に効き目が出たのは、航空機やコンテナのように残価を読んで持ち替える資産へ舵を向けた2010年代である。1対1の株式割当という簡素な合併の裏で、ダイヤモンドリースが本当に決めていたのは、リース会社が銀行の一機能でいるのをやめるという線引きであった。
2007年の合併から14年後、三菱UFJリースは日立キャピタルと合併して三菱HCキャピタルになった。系列を超えた統合まで進めたのは、銀行法の枠外に身を置いたまま規模を積んできた会社であった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
メガバンク統合が積み残したリース会社
2005年10月に三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスが統合して三菱UFJフィナンシャル・グループが発足すると、傘下の同業同士の合併が順に進んだ。統合と同じ月に信託銀行と証券会社が合併し、翌2006年1月には普通銀行が一つになった。カード会社の合併と証券子会社の完全子会社化も2007年春に予定され、主要な金融業務分野のうち最後まで2社が並んでいたのがリースであった。ダイヤモンドリースは旧三菱系、UFJセントラルリースは旧UFJ系で、いずれもグループの持分法適用関連会社という位置にあった[1]。
相手方のUFJセントラルリース自体も、統合の産物であった。名古屋証券取引所第二部に上場していたセントラルリースは、2004年4月にUFJビジネスファイナンスのリース事業部門を会社分割で承継し、UFJグループの中核リース会社として商号を改めている。中京圏を地盤とし、承継後は中小企業取引を主体に業容を広げていた。2007年3月期の連結売上高は5,134億円、連結総資産は1兆4,196億円、従業員は1,164人である[2][3]。
リース会計基準の変更と調達コストの反転
統合の順番待ちという事情だけであれば、2社の合併は事務手続きに近い話で終わったはずである。実際には、リース業界そのものが二つの逆風に挟まれていた。一つは会計基準の変更で、企業会計基準委員会が2006年7月に公表した適用指針案どおりになれば、各社の主力であるファイナンスリースは賃貸借取引から売買取引へ扱いが変わり、顧客企業が設備を貸借対照表に載せずに済むという利点が消える。上場企業や大企業のリース需要が細るという見通しが、業界に共有されていた[4]。
もう一つは資金原価であった。リース会社にとって調達金利は仕入れ値にあたる。2006年3月に日銀が量的緩和を解除し、7月にはゼロ金利政策も解いたため、長く続いた調達コストの低下は反転した。リース料率の改定には3年前後の契約期間ぶんの時間がかかり、その間は利ザヤが薄くなる。財務改善と金利低下という2つの追い風で連結利益を伸ばしてきた大手各社にとって、従来の延長線上に成長を置けなくなった時期にあたる[5]。
決断
6日違いで並んだ2つの再編
2006年10月13日、三井住友銀リースと住商リースが合併を発表した。その6日後の10月19日、ダイヤモンドリースとUFJセントラルリースが2007年4月1日の合併で基本合意したと発表している。両社の2006年3月期の売上高を合算すると1兆円を超え、新会社はリース業界で最上位に並ぶ規模となった。オリックスを別格とすれば、上場大手のダイヤモンドリース・住商リース・UFJセントラルリースに非上場の三井住友銀リースを加えた4社が、10日あまりのうちに2つの陣営へ集約されている[6][7]。
小幡尚孝社長によれば、田中一好社長との間で何らかの形で統合したいという意思を確かめたのは2006年1月で、合併という形態を採ると決めたのは5月であった。ダイヤモンドリースは首都圏の大企業・中堅企業に強く、UFJセントラルリースは中京圏と中小企業に地盤を持つ。加えて、ダイヤモンドリースはリース・割賦以外の金融事業を広げ、UFJセントラルリースはリース・割賦を主体としてきた。地域でも顧客層でも商品構成でも重なりが小さいという読みが、相手選びの根拠になっていた[8]。
銀行法の枠外に身を置く
二つの再編は、同じ月の発表でありながら統合後の資本の置き場所が正反対であった。住友側は住友商事による住商リースの株式公開買付けを経て、新会社を三井住友フィナンシャル・グループの連結子会社とし、非上場にした。ダイヤモンドリース側は上場を維持し、銀行の連結対象に入らない道を選んでいる。小幡社長はその理由を、リース会計基準が変われば従来型のファイナンスリースから本格的なオペレーティングリースへ移る必要があり、そこでは物件の残価把握・転売・再リース・メンテナンス・大量購買といった業務が要になると説明した。これらは銀行法の業務規制に触れるため、規制の外にいる必要があるという理屈である[9]。
合併の形式は簡素であった。ダイヤモンドリースを存続会社、UFJセントラルリースを消滅会社とし、消滅会社の普通株式1株に対して存続会社の普通株式1株を割当交付する。発行した株式は23,338,416株で、合併交付金の支払いはなく、資本金の増加もない。合併比率は双方がそれぞれ第三者機関に算定を依頼し、その結果をもとに交渉して決めている。日程は2006年10月19日の基本合意、2007年1月19日の合併契約書締結、2月20日の臨時株主総会での承認、4月1日の合併期日と刻まれた。両社は同じメインフレームを使っており、システム統合の負担が軽いという事情も、この速さを支えていた[10][11]。
結果
倍になった業容
2007年4月1日、合併が実行され、商号は三菱UFJリースとなった。同月、東京証券取引所に加えて名古屋証券取引所市場第一部にも上場している。合併初年度の2008年3月期は、連結売上高が前期比90.8%増の9,870億円、経常利益が54.3%増の517億円、当期純利益が37.1%増の302億円となった。契約実行高は元本ベースで57.8%増の1兆9,483億円、総資産は前期末比1兆5,854億円増の3兆9,658億円である。従業員は連結で1,180人増えた[12]。
純資産は1,580億円増えて3,123億円となり、自己資本比率は1.3ポイント上がって7.5%になった。もっとも、営業資産の増加に伴って有利子負債も1兆2,808億円増えて3兆3,146億円に達している。規模が倍になるということは、調達しなければならない資金も倍になるという意味であった。合併の翌年度からは、資産を積み増して収益を拡大する従来の型そのものが、資金調達の側から制約を受けはじめる[13]。
想定していた逆風は現実になった
合併の理由として挙げられた会計基準の変更は、2009年3月期から実施された。リース取引の資産計上が義務づけられ、企業がリースを使う利点は薄れた。国内のリース取扱高は8兆円規模から縮み、2016年度には約5兆円と10年でほぼ4割減っている。設備投資に占めるリースの利用率も、最盛期の10%程度から6%程度まで下がった。合併で確保した規模は、縮む市場のなかで新しい収益源を探すための時間を買うものであった[14]。
一方で、銀行の連結子会社にならないという選択は、その後の事業構成にはっきり効いた。三菱UFJリースは航空機・鉄道貨車・海上コンテナといった物件の価値そのものを扱うオペレーティングリースへ資産を移し、2012年10月には米国系の航空機リース会社の買収を約1,000億円で決議した。銀行法の規制に縛られていれば取りにくかった資産である。2007年の合併は規模の獲得として語られやすいが、その規模をどこへ振り向けるかの前提条件を先に固めた判断でもあった[15]。
- 三菱UFJフィナンシャル・グループ ニュースリリース 2006年10月19日「ダイヤモンドリース株式会社とUFJセントラルリース株式会社による合併に係る基本合意について」
- UFJホールディングス ニュースリリース 2004年1月15日「グループリース事業の統合に関する契約の締結について」
- 週刊東洋経済 2006年10月28日号「メガバンク系が大統合 “リース大再編”の激震」
- 週刊東洋経済 2006年11月11日号「ダイヤモンド・UFJセントラル合併の衝撃度 会計基準変更迎え撃つリース大再編の始まり」
- 週刊東洋経済 2017年5月27日号「深層リポート リース反攻 ジリ貧からの脱却」
- 三菱UFJリース 有価証券報告書(2007年3月期・重要な後発事象)
- 三菱UFJリース 有価証券報告書(2008年3月期・連結)
- 三菱UFJリース ニュースリリース 2012年10月4日「子会社の異動(出資持分取得)に関するお知らせ」