長期ビジョン「DESIGN 2030」── スペースクリエーション企業への転換宣言

創業70年余の壁紙商社が、なぜ「商材を売る卸」であることをやめると宣言したか

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時期 2020年5月
意思決定者 安田正介 社長
論点 事業モデルの転換と長期ビジョン
概要
2020年5月26日、サンゲツが2030年3月期を見据えた長期ビジョン「DESIGN 2030」を発表し、商材販売中心の卸から、空間そのものを構想・提案するグローバルなスペースクリエーション企業への転換を掲げた経営判断。安田正介社長のもとで進めた海外M&Aと事業領域拡張の到達点として、事業の自己定義を書き換える宣言であった。
背景
国内壁紙卸で約5割のシェアを固めた同社は、国内一極集中の収益構造と成長の頭打ちに直面していた。2016年のKoroseal買収以降は海外セグメントの赤字が続き、専業卸モデルのまま国内外の成長を取り込むことの限界が意識されていた。
内容
DESIGN 2030は、人的資本とデジタル資本を基盤に、空間デザイン提案・スペース材料提供・在庫配送物流・施工の4機能を統合し、グローバルに高い価値を提供するスペースクリエーション企業への転換を示した。2020年6月にスペースクリエーション事業部が本稼働し、2020年3月期にはスペースクリエーションセグメントの売上41億円が初めて開示された。
含意
受注即出荷の商材販売から、空間を構想・設計・施工する提案型のサービス事業へ位置付けを移す方針は、創業以来70年余続いた専業卸モデルからの明示的な離脱宣言であった。方針は2023年の中期経営計画「BX 2025」や新企業理念へ引き継がれ、次代の承継にまたがる長期の転換となった。
筆者の見解

「卸をやめる」と言い切ることの重さ

この長期ビジョンの核心は、具体的な数値目標よりも、自らの事業の呼び名を変えると宣言した点にあるように見える。国内壁紙シェア5割を握る強い卸が、その卸であること自体を将来の制約とみなし、空間を創造する企業へ移ると言い切った。完成した事業モデルを持つ会社ほど、その成功体験を手放しにくい。DESIGN 2030は、成功のただ中で自己定義を書き換える宣言であり、そこに安田体制の10年が積み上げた危機感がうかがえる。

ただ、宣言と実態のあいだには距離が残る。スペースクリエーションセグメントは立ち上がったものの、収益の主柱は依然として国内インテリア事業にあり、海外事業も黒字化に至っていない。空間を構想・設計・施工する事業は、商材を卸す事業とは異なる組織能力を要し、その獲得は一朝一夕には進まない。壁紙商社という出自から「空間を創造する企業」へ実際に姿を変えられるかどうかは、宣言から10年の到達点として、なお見届けるべき問いとして残されているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

専業卸の完成と、その先の限界

サンゲツは1990年代後半までに国内壁紙卸市場でシェア約5割を固め、ショールームと見本帳を全国に展開する内装商材の総合卸として完成の域に達していた。しかし、新設住宅着工の長期的な減少と国内一極集中の収益構造は、専業卸のまま成長を続ける道を狭めていた。2016年のKoroseal買収で北米へ進出した後も、海外セグメントは数年にわたり赤字が続き、商材を仕入れて卸すという事業の形だけでは、国内外の成長を安定的に取り込みにくくなっていた[1]

安田正介社長のもとで進めた海外M&Aと事業領域の拡張は、国内偏重の構造を意図的に揺さぶる試みであった。だが、買収した海外事業ののれん減損が業績を押し下げるなかで、単に販路を海外へ広げるだけでは足りず、事業そのものの立ち位置を組み替える必要が意識されていった。壁紙という一つの商材を全国へ流す卸から、空間全体を扱う企業へ——事業の自己定義を書き換える構想が、長期ビジョンとして形を取っていった[2]

決断

「スペースクリエーション企業」への転換宣言

2020年5月26日、サンゲツは長期ビジョン「DESIGN 2030」を発表した。2030年3月期に向けたグループの方向性として、デザインによるブランド価値向上と事業転換を経営の基本に据え、人的資本とデジタル資本を両輪に、空間デザイン提案・スペース材料提供・在庫配送物流・施工の4機能を有機的に統合したソリューション力で、グローバルなスペースクリエーション企業への転換を図ると示した。従来の商品デザイン・営業販売・配送物流に、空間を構想しデザインし提案する能力を加える構想であった[3]

商材販売中心の卸から、設計事務所・施工業者・施主向けに空間ソリューションを提案するサービス事業者へ位置付けを移す方針は、創業以来70年余続いた専業卸モデルからの明示的な離脱宣言であった。同年6月にはスペースクリエーション事業部が本稼働し、商材販売と内装施工をワンストップで受託する枠組みを具体化した。2020年3月期にはスペースクリエーションセグメントとして売上41億円が初めて開示され、宣言が数字を伴う事業として動き出した[4]

結果

中計と新理念への継承

DESIGN 2030の方針は、単発の宣言にとどまらず、その後の経営計画へ引き継がれた。2023年5月には2023〜2025年度を対象とする3カ年中期経営計画「BX 2025」を策定し、人的資本の拡大・高度化、デジタル資本の蓄積・活用、ソリューション提供力の強化、エクステリア事業と海外事業、社会価値の向上の5項目を重点施策に据えた。安田社長が10年で進めた海外M&Aと事業領域拡張の成果を引き継ぎつつ、人的資本への投資加速とキャリア採用の本格拡大を中計の柱に置いた[5]

2024年1月には新企業理念として「すべての人と共に、やすらぎと希望にみちた空間を創造する。」を掲げ、同年3月には東京日比谷に共創拠点PARCsを開設した。DESIGN 2030が示した「空間を創造する企業」という自己定義は、企業理念そのものへ織り込まれた。この転換方針は、2024年に社長を引き継いだ近藤康正氏のもとでも継続され、専業卸からスペースクリエーション企業への移行は、経営者の交代をまたぐ長期の課題として据えられた[6]

DESIGN 2030の発表後、業績は価格改定の浸透と海外事業の損益改善を背景に大きく伸びた。2023年3月期の連結営業利益は前年比2.5倍の203億円と過去最高を記録し、連結売上高も1,760億円へ拡大した。スペースクリエーションセグメントは2020年3月期に売上41億円で初めて開示されたのち、2023年3月期には規模を広げて国内インテリアセグメントへ統合された。空間ソリューションを掲げた事業が、独立した区分から中核事業へ溶け込む形で定着していった[7]

出典・参考