決断
持っている設備と技術の延長にある市場へ、乗り換え続けてきた。1942年の電力統制で創業事業の電気供給を譲渡すると、残った自家発電と電気炉でカーバイドを主力に据え、1960年には建材のメラミン化粧板へ移り、その工程で身についたエッチング加工が1970年のプリント配線板参入を支えた。1991年に最後の電気炉が消えて本業を失うと、遠藤優社長は研究開発費のほぼ全額を半導体パッケージ一本へ振り向けた。1942年と1991年はいずれも本業が先に消えてからの後追いで、次に何をやるかは手元に残った炉と加工設備が決めている。
2008年4月 マレーシア新工場建設
設備投資額2008 2009 2014 設備投資額(百万円) 42,377 61,834 37,731 1994年 インテル攻略へ資源集中
業績の推移1993 1994 1998 売上高(億円) 598 599 1,051 経常利益率(%) 1.7 1.8 8.8