本業から離れずに一度立ち直り、本業から離れて消えた会社である。1975年9月期に経常44億7,300万円の欠損を出して上場以来初の無配に落ちたとき、住友銀行常務から移った河村良彦氏が社長に就いた。第1次石油ショックの後、商社の多くが脱繊維へ向かうなかで河村氏は繊維に留まり、営業の課を5人前後の損益単位に割って課ごとに純損益を出させ、相場と仲間取引を禁じた。1979年には安宅産業の繊維部門を引き受け、売上高は1,800億円から1984年9月期の5,628億円へ伸びる。だが1985年からは不動産へ軸を移し、1988年に杉山商事、1990年に雅叙園観光を傘下に収めた。