兼松の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

合併で総合商社になり、再建で専門商社へ戻った。1967年の合併で機械・鉄鋼・食料・化学品を取り込んで繊維一本の事業構成を崩し、株主分布も広がって1973年4月に東京・名古屋両証券取引所の第一部へ上場した。総合商社十社の一角に数えられた一方、バブル期に積んだ不動産と株式の含み損は、1998年の格付け引き下げで資金繰りへ直結する。1999年5月、約1,500億円の債権放棄と引き換えに総合商社の看板を下ろし、337億円の減資と本体人員を約3分の1へ減らす削減を同時に実施した。祖業の繊維を分社化し、紙パルプ・不動産から撤退して食料・IT・鉄鋼・ライフサイエンスの4部門へ絞っている。復配は2013年9月まで15年を要し、その間の投資判断は銀行出身の役員が握った。

  • 1999年5月 総合商社からの撤退
  • 1967年4月 江商との合併
    業績の推移

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