室伏稔

伊藤忠商事・元取締役社長

Murofushi Minoru(敬称略)

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社長就任 1990年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1956年4月に伊藤忠商事へ入社し、入社8年目にニューヨーク駐在となって以来、在米は通算12年に及んだ。1970年から71年にかけて瀬島龍三専務の特命を受け、39歳でゼネラル・モーターズ会長へ直接交渉していすゞ自動車との提携の糸口をつくった。1973年の帰国後は総合開発部長代理として資源の商売にあたり、サウジアラビアのメタノール計画をまとめている。1985年4月に食品本部長、1986年8月に北米総支配人と伊藤忠アメリカ社長を務めた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1990年6月、米倉功氏の後を受けて社長に就任した。59歳で、専務から上位役員9人を飛び越す抜擢だった。社長候補は室伏氏・降旗健人氏・上林孝典氏の3人で、他の大手商社に比べ投融資の残高が多い状況では最も馬力のある人物が適任という総合点の判断から、米倉氏は室伏氏を選んだ。前代未聞のトップ人事だけに、社内でのリーダーシップの確立が課題として挙げられた。

在任中の主な施策
施策

就任時の伊藤忠は創業以来の規模で構造改革の渦中にあった。投融資案件はそれまですべて経営会議に諮っていたが、意思決定のスピードを上げるため、7割については営業本部の段階で決裁できるよう権限を移譲した。1991年4月に青山地所を、1992年10月に伊藤忠不動産をそれぞれ合併し、不動産事業を本体に取り込んだ。1993年2月には東急コミュニティーと青山開発を設立し、琵琶湖東岸の用地買収資金200億円は伊藤忠系のノンバンクが貸し付けた。1998年3月期の有利子負債は5.2兆円に達した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1956〜1998年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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