小菅宇一郎

伊藤忠商事・元取締役社長

Kosuge Uichiro(敬称略)

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社長就任 1949年12月
生年月日 —
学歴 八幡商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自

1949年12月、伊藤忠商事は大建産業の第二会社として資本金1億5000万円で設立され、小菅氏が社長に就任した。源流は1872年に伊藤忠兵衛氏が大阪で開いた呉服太物商の紅忠で、1893年に伊藤糸店を興し、1918年12月に資本金1000万円の伊藤忠商事となった。1944年9月に呉羽紡績・大同貿易と合併して生まれた大建産業まで、社長はいずれも伊藤忠兵衛氏が務めている。創業家の外から社長が出たのは、この再発足が最初である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1949年4月、大建産業は過度経済力集中排除法の適用を受けた。同年10月に企業再建整備計画が認可され、12月に伊藤忠商事・丸紅・尼崎製釘所、翌1950年3月に呉羽紡績が第二会社として設立され、大建産業は解散した。分割後の資本金は伊藤忠商事と丸紅がいずれも1億5000万円、尼崎製釘所が1000万円、呉羽紡績が7億円である。伊藤忠商事は小菅氏を社長として新発足した。

在任中の主な施策
施策

1950年7月、大阪・東京両証券取引所へ株式を上場した。資本金は1953年6月に6億円、1955年4月に12億円へ増やしている。1954年にはバンク・オブ・アメリカから業界で最初のドル借款を得て、米ダグラス飛行機と極東総代理店契約を締結した。1955年4月には資本と人で緊密だった大洋物産の営業権を譲り受け、総合貿易商社の態勢を整えた。売上高は朝鮮動乱期から伸び、1951年3月期の705億円が1958年3月期には2779億円になった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1912〜1960年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
小菅宇一郎の経歴

小菅宇一郎の経歴社長就任に至るキャリア。就任年は有価証券報告書などの開示情報に基づく

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