1999年の時点で代理店制度は機能しており、販売方法を変える考えはなかった。その前提のまま増収を続けるなら、売り手は外から調達するほかない。第一生命の営業職員が、その調達先であった。生保への参入でも自前の会社を設立しずアイ・エヌ・エイひまわり生命に出資しており、足りない機能は買わずに借りるという選び方が一貫している。金融庁が保険会社同士の販売代理を認める方針を示した2000年8月に交渉が一気に煮詰まったのも、選び方が先にあったからである。
提携が損保同士の合併の代わりになったわけではない。2カ月後に安田火災は日産火災・大成火災との合併に合意し、規模と販路の両方を獲得した。2003年度に自動車保険で東京海上を初めて上回った成績にも、第一生命ルートの推定300億円という数字と、4社が集まった会社であるという事実の両方が入っている。提携単独の効果は切り出せない。それでも、料率自由化のもとで売り手をどこから調達するかが増収を左右した時期に、他社の営業職員という販売網を先に押さえた。この判断の中身はそこにある。