この判断の核心は、テープ駆動という技術の連続性に依拠して、オーディオの成功の型をそのままビデオへ持ち込もうとした点にある。優れた機器を数多く作って世界の販売網に載せるという赤井電機の強みは、規格そのものを握る企業が利益の源泉を押さえる家庭用ビデオでは、そのまま通用しなかった。後発でVHSに合流した以上、量を売るほど陣営の中核を利する立場は初めから定まっていたと推察される。技術の親和性の高さが、事業として稼げるかどうかを覆い隠していた面がうかがえる。
もっとも、ビデオが薄利であっても、赤井電機はここで別の収益源を育てる猶予をなお持っていた。実際に売上の過半を占めるまで成長した事業から、収益性の低さゆえに撤退するのは容易ではない。売上規模の拡大と採算の悪化が同時に進むなかで、輸出偏重の構造は円高でいっそう重くなり、のちの三菱グループ支援下の再建へとつながった。自社の強みが通じる市場を選ぶのか、強みの通じない市場で型を作り替えるのか——赤井電機のビデオ参入は、成功した輸出企業が次の収益源を選ぶ難しさを、早い時期に映した一例といえる。