1964年の決定は、事業の買収でも大型の設備投資でもなく、営業品目を一つ増やすという地味な手であった。効き始めるまでには時間がかかる。参入10年後の空調管工事は売上の16%、20年後で22%にとどまり、主力を置き換えるほどの勢いはない。それでも、電力会社の設備投資という一つの蛇口に受注を委ねていた会社が、建築主・自治体という別の蛇口を自分で開ける手立てを持った意味は小さくなかった。1971年の水処理、1972年の住宅と続く並びをみると、品目を足す手が繰り返し選ばれている。
転換の遅さは、工事業の性格にもよる。技術者を育て、実績を積み、発注者の名簿に載るまでの時間が、そのまま新規品目の立ち上がりの時間になる。1962年に研修所を整えてから空調・管工事に入り、水処理へ進み、公共下水道と海外の環境事業へ広げるという順序は、その時間を織り込んだ歩き方であった。1964年に加えた一行の営業品目は、いま1,649億円を売っている。