会社の性格は、たいてい最初の顧客が決める。九州電気工事は、統合の命令によって技術と人を先に持たされ、需要をあとから探す順序で出発した。1947年の配電工事委託契約は、その空白を電力会社の設備投資計画で埋める選択であった。以後、施工力を高めれば高めるほど発注元との関係は深くなり、県別の子会社網も、研修所も、その関係を前提に積み上げられていく。安定と依存が同じ一つの構造の表と裏になっていた点に、この設立の後遺症がある。
統合から80年、配電線工事は売上の1割強を占めるにすぎない。それでも、発注者の計画に沿って工事量を得るという受注のかたちは、首都圏の屋内線工事や空調管工事へ主力が移ったあとも変わらなかった。近年になって同社が開発案件への少額出資に着手したのは、需要の側に自分の持ち分を作るという、設立時には持ち得なかった作法にあたる。発注元の名を思わせない社名にたどり着くまでに、80年かかった。