コムシスホールディングス の歴史

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創業 1947年
母体 財界人の出資
創業地 東京都品川区
創業
1951年12月20日、石坂泰三氏を発起人代表として経済界と電気通信設備工事業界の有力者21名が出資し、資本金3,000万円の日本通信建設が東京都に設立された。翌1952年8月には線路・機械・伝送無線の3部門で総合1級業者の認定を受け、日本電信電話公社の指定工事会社となる。発注は競争入札が原則だったが、実質は資格審査を通った指定業者どうしの競争で、新規参入はほぼ閉ざされていた。売上高は公社の五カ年計画に連動し、公社の発注総額に対する受注比率は1961年度から1965年度まで13.2〜14.2%の範囲を出ていない。1962年7月に東京証券取引所第二部へ上場している。1978年12月期の受注先別完成工事高は、電電公社が97.2%を占めた。
決断
発注者が一者しかない出発点を、会社の数を増やして薄めてきた。1982年8月、日本通信建設は光ファイバーケーブル工事を初めて受注した。1985年の電電公社民営化でNTTの独占が終わり、1990年7月に日本コムシスへ商号を改めたのち、2003年9月には三和エレック・東日本システム建設との株式移転で持株会社を設立し、3社を合併させずに完全子会社として残した。以後は持株会社の下へ取り込みを重ね、2010年10月に北海道のつうけん、2014年4月に再生可能エネルギーの日本エコシステム、2016年4月に道路舗装の東京鋪装工業、2017年7月にガス設備工事のカンドーを加えた。2018年10月にはNDS・SYSKEN・北陸電話工事を株式交換で同時に完全子会社化し、連結売上高は3,800億円から4,817億円へ増えた。取り込んだ各社が、NTTグループ向けの比率をFY2003の54.1%からFY2024の38.5%へ下げた。
現況
現在の売上の過半は、通信キャリア以外の発注者が持っている。2026年3月期の連結売上高は6,306億円、営業利益509億円、当期純利益363億円で、いずれも過去最高を更新した。FY2024の内訳はNTT設備事業が2,366億円で38.5%、社会システム関連事業が2,114億円で34.4%、ITソリューション事業が1,248億円で20.3%、NCC設備事業が424億円である。通信以外の2事業を合わせた3,362億円が売上の54.7%を占めた。光ファイバの世帯カバー率は2024年度末に99.85%へ達し、固定電話網の敷設という創業以来の工事はほぼ終わっている。終了するサービスの撤去工事とデータセンター関連が、この先の工事量を決める。
競合
通信工事の同業は、同じ年に同じ手で地場の会社を取り込んだ。2018年5月、コムシスホールディングスが上場3社の統合を決めた同じ月に、協和エクシオも通信工事3社を同時に子会社化してエクシオグループへ再編した。固定電話の光化が一段落し、NTTの地域ごとに分かれた発注窓口を一つのグループへ集めるという読みは共通していた。大明電話工業を起源とするミライト・ワンも同じ再編の側にいる。3社はいずれも1950年前後に電電公社を唯一の発注者として出発しており、施工技術で差はつかない。分かれるのは取り込んだ会社に何をさせるかで、コムシスホールディングスは道路舗装・ガス設備・再生可能エネルギーを集めた社会システム関連事業を、FY2012の352億円からFY2024の2,114億円へ伸ばした。
コムシスホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2004年3月期2026年3月期

設立ストーリー 電電公社を唯一の発注者として出発し、五カ年計画に受注が連動した30年 (1951年〜)

有力者21名の出資と、総合1級業者という参入資格

戦後の電信電話事業は政府が復旧整備を進めていたが、電気通信施設工事を民間の請負へ移し、民間の資本・技術・労力を活用して工事能率を高めるべきだという声[1]が高まった。この声を背景に会社の設立が計画され、石坂泰三氏を発起人代表として経済界と斯業界の有力者21名が参加し[2]、1951年12月15日の創立総会を経て、同月20日に資本金3000万円の日本通信建設が[3]東京都で設立された[4]。翌1952年には日本電信電話公社が発足して電信電話拡張計画が始まり[5]、同年8月に日本通信建設は線路・機械・伝送無線の総合1級業者の認定を受けた[6]。1953年6月には東京〜名古屋〜大阪間のマイクロ波無線中継回線工事を受注[7]した。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [1]電気通信施設工事を民間請負へ移し民間の資本・技術・労力を活用すべきという要求
    • [2]石坂泰三を発起人代表に経済界・斯業界の有力者21名が参加
    • [3]1951年12月20日 資本金3000万円で日本通信建設を設立
    • [4]日本通信建設は東京都で設立(本店は東京都港区)
    • [5]1952年 日本電信電話公社の発足と電信電話拡張計画の開始
  • 日本コムシス公式サイト
    • [6]1952年8月 線路・機械・伝送無線の総合1級業者に認定
    • [7]1953年6月 東京〜名古屋〜大阪間のマイクロ波無線中継回線工事を受注

上場時の株主には、通信設備の機材を供給するメーカーが並んだ[8]。1962年4月末の大株主は住友電気工業と古河電気工業が各40,500株[9]、藤倉電線が33,750株、日本電気が24,300株、東京芝浦電気が22,500株、沖電気工業が21,600株[10]、日立製作所が19,200株、富士通信機製造が18,900株だった。同年7月2日、日本通信建設は資本金3億円で東京証券取引所第2部へ上場し[11]、上場株式数60万株・株主数130名[12]で取引が始まった。従業員は1962年2月末時点で1,165名[13]を数えた。電電公社の発注による電気通信施設工事をほとんど専属的に請け負う会社で[14]、決算期は6月30日だった。

  • 証券 第14巻第8号(1962年8月)
    • [8]上場時の大株主に通信設備の機材メーカーが並ぶ
    • [9]1962年4月末の大株主は住友電気工業と古河電気工業が各40,500株
    • [10]藤倉電線33,750株・日本電気24,300株・東京芝浦電気22,500株・沖電気工業21,600株
    • [11]1962年7月2日 資本金3億円で東京証券取引所第2部に上場
    • [12]上場株式数60万株・株主数130名
    • [13]1962年2月末の従業員1,165名
    • [14]電電公社の発注による電気通信施設工事をほとんど専属的に請負

創業直後の業績は苦しく、第1期と第2期は欠損を計上したのち、第3期から黒字に転じて配当を始めた[15]。完成工事高は創立10周年にあたる1961年6月期に25億5千万円へ達し[16]、設立当初の9.4倍となった。線路・機械・伝送無線の3部門すべてで1級の工事請負資格を持つのは日本通信建設と協和電設の2社だけ[17]で、線路と機械の2部門で1級を持つ大明電話工業を加えた3社が業界の上位を占めた[18]。1961年6月期の完成工事高の内訳は線路工事64.0%、機械工事19.9%、伝送無線工事16.1%[19]で、線路が3分の2近くを占めた。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [15]第1期・第2期は欠損、第3期から黒字転換と配当開始
  • 証券 第14巻第8号(1962年8月)
    • [16]1961年6月期の完成工事高25億5千万円・設立当初の9.4倍
    • [17]3部門すべてで1級資格を持つのは日本通信建設と協和電設の2社
    • [18]大明電話工業を加えた3社が業界上位
    • [19]1961年6月期の完成工事高は線路64.0%・機械19.9%・伝送無線16.1%
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [1]電気通信施設工事を民間請負へ移し民間の資本・技術・労力を活用すべきという要求
    • [2]石坂泰三を発起人代表に経済界・斯業界の有力者21名が参加
    • [3]1951年12月20日 資本金3000万円で日本通信建設を設立
    • [4]日本通信建設は東京都で設立(本店は東京都港区)
    • [5]1952年 日本電信電話公社の発足と電信電話拡張計画の開始
    • [15]第1期・第2期は欠損、第3期から黒字転換と配当開始
  • 日本コムシス公式サイト
    • [6]1952年8月 線路・機械・伝送無線の総合1級業者に認定
    • [7]1953年6月 東京〜名古屋〜大阪間のマイクロ波無線中継回線工事を受注
  • 証券 第14巻第8号(1962年8月)
    • [8]上場時の大株主に通信設備の機材メーカーが並ぶ
    • [9]1962年4月末の大株主は住友電気工業と古河電気工業が各40,500株
    • [10]藤倉電線33,750株・日本電気24,300株・東京芝浦電気22,500株・沖電気工業21,600株
    • [11]1962年7月2日 資本金3億円で東京証券取引所第2部に上場
    • [12]上場株式数60万株・株主数130名
    • [13]1962年2月末の従業員1,165名
    • [14]電電公社の発注による電気通信施設工事をほとんど専属的に請負
    • [16]1961年6月期の完成工事高25億5千万円・設立当初の9.4倍
    • [17]3部門すべてで1級資格を持つのは日本通信建設と協和電設の2社
    • [18]大明電話工業を加えた3社が業界上位
    • [19]1961年6月期の完成工事高は線路64.0%・機械19.9%・伝送無線16.1%

五カ年計画の建設費12倍と、13%台に張りついた受注比率

電電公社は5カ年計画を重ねて設備を拡張し、建設費は第一次計画の2,935億円から第二次計画7,373億円[20]、第三次計画18,476億円を経て、第四次計画では35,210億円へ増えた[21]。日本通信建設が電電公社から受注した金額は、1961年度の44.8億円から1965年度には107.7億円へ伸びた[22]。ただし公社の発注総額に対する同社の受注比率は、この間13.2%から14.2%の範囲を出ていない[23]。受注工事高は1959年9月に100億円を突破し[24]、電電公社からの年度受注高も1966年度に100億円の大台へ乗った[25]。完成工事高は翌1967年度に100億円台[26]へ達した。

  • 証券アナリストジャーナル 第5巻第11号(1967年11月)
    • [20]電電公社5カ年計画の建設費 第一次2,935億円・第二次7,373億円
    • [21]第三次計画18,476億円・第四次計画35,210億円
    • [22]電電公社からの受注額 1961年度44.8億円→1965年度107.7億円
    • [23]受注比率は13.2%から14.2%の範囲
  • 日本コムシス公式サイト
    • [24]1959年9月 受注工事高100億円突破
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [25]1966年度 電電公社からの受注高100億円到達
    • [26]1967年度 完成工事高100億円台到達

発注方式は競争入札が原則だったが、工事の専門性と技術性が高いため、実質は指定業者間の競争にとどまり、新規参入は容易でない構造[27]だった。電電公社は1952年以来、電気通信建設業者の資格審査制度を設け、工事種別ごとに1級から4級まで格付けした[28]。認定を受けた会社は全国で約70社[29]を数え、日本通信建設はそのうち総合1級の資格を持つ側にいた。電電公社の設備投資は1960年代後半に急増し、これに対応して電気通信建設業界の施工高も年々増加した[30]。同社は電電公社の発注総量の12〜13%をこの時期つねに占めた[31]

  • 証券アナリストジャーナル 第5巻第11号(1967年11月)
    • [27]発注方式は競争入札が原則だが実質は指定業者間の競争で新規参入が困難
    • [30]1960年代後半の設備投資急増と業界施工高の増加
  • 証券アナリストジャーナル 第28巻第11号(1990年11月) 講演要旨
    • [28]1952年以来の資格審査制度で工事種別ごとに1級から4級へ格付け
    • [29]認定会社は全国で約70社
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [31]電電公社の発注総量に占める同社の割合12〜13%

工事の種類も増え、1963年11月にシールド工事の第1号を受注して地下通信管路の施工に加わり[32]、1965年12月にはバンコクで初の海外工事を請け負い[33]、1970年9月には衛星通信地球局工事を受注した[34]。単体の売上高は1965年6月期の73億円から1974年6月期には396億円へ[35]、9年で5.4倍に増えた。経常利益も同じ期間に3.35億円から8.30億円になり、1973年6月期には17.01億円[36]を記録した。1972年11月には東京・大阪両証券取引所の第1部へ上場し[37]、資本金は15億円になった[38]

  • 日本コムシス公式サイト
    • [32]1963年11月 シールド工事の第1号を受注
    • [33]1965年12月 バンコクで初の海外工事を受注
    • [34]1970年9月 衛星通信地球局工事を受注
    • [37]1972年11月 東京・大阪両証券取引所第1部に上場
    • [38]1972年11月時点の資本金15億円
  • 日本通信建設 会社年鑑(単体業績)
    • [35]単体売上高 1965年6月期73億円→1974年6月期396億円
    • [36]単体経常利益 1965年6月期3.35億円→1973年6月期17.01億円
  • 証券アナリストジャーナル 第5巻第11号(1967年11月)
    • [20]電電公社5カ年計画の建設費 第一次2,935億円・第二次7,373億円
    • [21]第三次計画18,476億円・第四次計画35,210億円
    • [22]電電公社からの受注額 1961年度44.8億円→1965年度107.7億円
    • [23]受注比率は13.2%から14.2%の範囲
    • [27]発注方式は競争入札が原則だが実質は指定業者間の競争で新規参入が困難
    • [30]1960年代後半の設備投資急増と業界施工高の増加
  • 日本コムシス公式サイト
    • [24]1959年9月 受注工事高100億円突破
    • [32]1963年11月 シールド工事の第1号を受注
    • [33]1965年12月 バンコクで初の海外工事を受注
    • [34]1970年9月 衛星通信地球局工事を受注
    • [37]1972年11月 東京・大阪両証券取引所第1部に上場
    • [38]1972年11月時点の資本金15億円
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
    • [25]1966年度 電電公社からの受注高100億円到達
    • [26]1967年度 完成工事高100億円台到達
    • [31]電電公社の発注総量に占める同社の割合12〜13%
  • 証券アナリストジャーナル 第28巻第11号(1990年11月) 講演要旨
    • [28]1952年以来の資格審査制度で工事種別ごとに1級から4級へ格付け
    • [29]認定会社は全国で約70社
  • 日本通信建設 会社年鑑(単体業績)
    • [35]単体売上高 1965年6月期73億円→1974年6月期396億円
    • [36]単体経常利益 1965年6月期3.35億円→1973年6月期17.01億円

受注先別完成工事高97.2%という到達点

1978年12月期の受注先別完成工事高は、電電公社が97.2%、その他国内が1.5%、海外が1.3%[39]だった。部門別では通信線路・土木が66.9%、通信機械が17.5%、高周波が15.6%[40]を占めた。従業員は3,089人[41]で、本店のほか大阪・長野・浦和・横浜・福岡・秋田・宇都宮に支店を置き、2出張所と12営業所[42]を構えた。当時の代表者は取締役社長の橋本眞澄氏[43]で、上場審査で比較された類似会社は協和電設[44]だった。会社の目的は電気通信設備の総合請負工事業[45]で、取引金融機関は三菱銀行や第一勧業銀行など7行[46]を数えた。

  • 証券 第31巻第6号(1979年6月)
    • [39]1978年12月期の受注先別完成工事高は電電公社97.2%・その他国内1.5%・海外1.3%
    • [40]部門別完成工事高は通信線路・土木66.9%・通信機械17.5%・高周波15.6%
    • [41]1979年時点の従業員3,089人
    • [42]本店のほか7支店・2出張所・12営業所
    • [43]1979年時点の代表者は取締役社長 橋本眞澄
    • [44]上場審査の類似会社は協和電設
    • [45]会社の目的は電気通信設備の総合請負工事業
    • [46]取引金融機関は三菱銀行・第一勧業銀行など7行

単体の売上高は1975年12月期の241億円から1981年12月期には764億円へ[47]増え、経常利益は8億円から33億円になった[48]。1979年時点の大株主は住友電気工業6.4%、古河電気工業6.4%、藤倉電線5.3%[49]、日本電気3.9%、沖電気工業3.4%、日本生命保険3.3%[50]で、上場から17年を経ても機材メーカーが株主の上位に並んだ[51]。資本金は設立時の3000万円から1979年1月には30億2500万円へ増え[52]、この間の増資は公募と株主割当を繰り返した[53]。1979年5月時点の授権資本は60億円・1億2000万株[54]だった。

  • 日本通信建設 会社年鑑(単体業績)
    • [47]単体売上高 1975年12月期241億円→1981年12月期764億円
    • [48]単体経常利益 8億円→33億円
  • 証券 第31巻第6号(1979年6月)
    • [49]1979年の大株主は住友電気工業6.4%・古河電気工業6.4%・藤倉電線5.3%
    • [50]日本電気3.9%・沖電気工業3.4%・日本生命保険3.3%
    • [51]1979年時点でも大株主上位を機材メーカーが占める
    • [52]資本金 設立時3000万円→1979年1月30億2500万円
    • [53]増資は公募と株主割当の繰り返し
    • [54]1979年5月時点の授権資本60億円・1億2000万株
  • 証券 第31巻第6号(1979年6月)
    • [39]1978年12月期の受注先別完成工事高は電電公社97.2%・その他国内1.5%・海外1.3%
    • [40]部門別完成工事高は通信線路・土木66.9%・通信機械17.5%・高周波15.6%
    • [41]1979年時点の従業員3,089人
    • [42]本店のほか7支店・2出張所・12営業所
    • [43]1979年時点の代表者は取締役社長 橋本眞澄
    • [44]上場審査の類似会社は協和電設
    • [45]会社の目的は電気通信設備の総合請負工事業
    • [46]取引金融機関は三菱銀行・第一勧業銀行など7行
    • [49]1979年の大株主は住友電気工業6.4%・古河電気工業6.4%・藤倉電線5.3%
    • [50]日本電気3.9%・沖電気工業3.4%・日本生命保険3.3%
    • [51]1979年時点でも大株主上位を機材メーカーが占める
    • [52]資本金 設立時3000万円→1979年1月30億2500万円
    • [53]増資は公募と株主割当の繰り返し
    • [54]1979年5月時点の授権資本60億円・1億2000万株
  • 日本通信建設 会社年鑑(単体業績)
    • [47]単体売上高 1975年12月期241億円→1981年12月期764億円
    • [48]単体経常利益 8億円→33億円

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コムシスホールディングスの沿革1947〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
三和電氣興業を設立
1951〜1981年電電公社を唯一の発注者として出発し、五カ年計画に受注が連動した30年日本通信建設を設立
電電公社から総合1級業者に認定
東京〜名古屋〜大阪間マイクロ回線工事を受注
受注工事高が100億円を突破
東京証券取引所第2部に上場
シールド工事の第1号を受注
初の海外工事を受注(バンコク)
衛星通信地球局工事を受注
東京・大阪両証券取引所第1部に上場
1982〜2003年光ファイバーへの転換と1社発注制、株式移転でつくった持株会社日本通信建設による光ファイバーケーブル工事への早期参入

1982年8月、日本通信建設が光ファイバーケーブル工事を初めて受注した。電電公社を唯一の発注者とする受注構造のなかで、銅線ケーブルとは別の施工技術を早い段階で自社に取り込む判断であった。

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★★★
日本コムシスに商号変更
NTT「通信設備総合工事」認定を取得
クウェート緊急復興プロジェクトを受注
受注高・完成高が2,000億円を突破
島田博文日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の株式移転によるコムシスホールディングス設立

2003年9月、日本コムシス・三和エレック・東日本システム建設の3社が株式移転により純粋持株会社コムシスホールディングスを設立し、東京証券取引所・大阪証券取引所の市場第一部に上場した。

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★★★
島田博文初代社長 島田博文就任
2004〜2018年持株会社を受け皿にしたM&Aの連鎖と、通信工事の全国施工体制の完成島田博文NTT情報通信エンジニアリング事業を日本コムシスに集約
髙島元第2代社長 高島元就任
髙島元コムシス情報システムを新設分割により設立・完全子会社化
髙島元つうけんを株式交換で完全子会社化★★
髙島元日本エコシステムをグループ化
加賀谷卓第3代社長 加賀谷卓就任
加賀谷卓NDS・SYSKEN・北陸電話工事の3社を株式交換で同時に完全子会社化

2018年10月1日、コムシスホールディングスは株式交換によりNDS・SYSKEN・北陸電話工事の上場3社を同時に完全子会社化した。名古屋・熊本・金沢を地盤とする通信工事会社が一度にグループへ入った。

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★★★
2019〜2026年5G投資の山と谷を越え、通信以外の事業が売上の過半を占めるまでの7年加賀谷卓コムシスビジョン NEXT STAGE 2023を策定
加賀谷卓東京ガスライフバルカンドーをグループ化
加賀谷卓東京証券取引所プライム市場へ移行
田辺博第4代社長 田辺博就任
田辺博サンワコムシスのIT・社会事業を日本コムシスに吸収分割
出典・参考
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社、1968年)「日本通信建設」の項
  • 日本通信建設 会社年鑑(単体業績)
  • 証券 第14巻第8号(1962年8月)
  • 証券アナリストジャーナル 第5巻第11号(1967年11月)
  • 証券 第31巻第6号(1979年6月)
  • 証券アナリストジャーナル 第28巻第11号(1990年11月) 講演要旨
  • 日本コムシス公式サイト

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