加熱式たばこへの後発参入と、プルームによる巻き返し
アイコスに三年出遅れた最大手は、紙巻きたばこの成功体験をどう捨てようとしたのか
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- 概要
- 2018年、最年少で社長に就いた寺畠正道は、フィリップ・モリスのアイコスに後れを取った加熱式たばこ(RRP)を最も伸びる分野と定め、プルーム・テックの全国展開と営業体制の加熱式シフトで巻き返しに乗り出した。紙巻きたばこの高い収益を保ちながら、資源を新カテゴリーへ傾ける業態づくりの判断であった。
- 背景
- 国内の紙巻きたばこ市場は1996年度をピークに縮小を続け、2016年度には半分以下へ落ち込んでいた。加熱式ではPMIのアイコスが2014年に市場を創出して独走し、2017年に参入したJTは需要を読み違えて発売そのものが三年遅れた。
- 内容
- 2018年にプルーム・テックを全国へ広げ、2019年には改良版と高温式の新デバイスを投入した。加熱式と紙巻きの営業を統合して1700名超を加熱式の販売に振り向け、店頭の勧誘まで含めた人海戦術で先行するアイコスを追った。
- 含意
- プルームの国内シェアは2025年に2位へ浮上したものの、アイコスの約7割にはなお遠い。紙巻き依存からの脱却は、2026年に交代した筒井岳彦社長へ引き継がれ、本稿の時点でなお道半ばにある。
後発の逆襲は、実を結ぶか
この判断の要は、圧倒的な国内シェアを持つ最大手が、新技術の登場を前に守りへ入らず、自らの成功体験を崩す側へ回ろうとした点にある。紙巻きで約6割を握るJTにとって、加熱式の拡大は自社の主力を侵食しかねない。それでも寺畠正道社長は紙巻きの成功体験を捨てると公言し、稼ぎ頭の収益を新カテゴリーへ注ぐ二正面の配分を選んだ。既存事業の強さがかえって転換を鈍らせる罠を、正面から避けようとした選択とみることができる。
もっとも、後発の三年が重いことも、この十年は示している。PMIやBATが紙巻きからの完全移行を掲げるのに対し、JTは「シフトではなく、両方に商品を配置する」独自の立ち位置を採る。それが慎重な現実主義なのか、決断の遅れの裏返しなのかは、加熱式への課税が紙巻きに並び、海外展開がなお緒に就いたばかりの今、見きわめが難しい。後発から始まった逆襲が業態の作り替えとして実を結ぶのかどうかは、本稿の時点でなお開かれた問いとしてある。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
紙巻き市場の縮小とアイコスの先行
国内の紙巻きたばこ市場は、1996年度に3483億本を数えたのを頂点として縮小を続け、2016年度には1680億本と半分以下まで落ち込んでいた。規制の強化と度重なる増税、健康への懸念が需要を細らせ、たばこメーカー各社は次の稼ぎ手を探していた。そこへ現れた新しいカテゴリーが、たばこ葉を燃やさずに加熱して蒸気を吸う加熱式たばこであった。市場を切り開いたのは米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)で、2014年に名古屋でアイコスのテスト販売を始め、2016年に全国へ広げると普及が一気に進んだ[1][2]。
加熱式市場の主導権は、早くにPMIが握った。BATとJTが参入した2017年には、市場規模はすでに6000億円規模へ育ち、全たばこ市場に占める加熱式の構成比は2割を超えていた。シェアはアイコスが約9割を占める独走で、残る1割をBATとJTが分け合っていた。国内の紙巻きたばこで約6割を握る最大手のJTが、新しいカテゴリーでは追う側に回っていた[3][4]。
三年の出遅れという誤算
JTがプルーム・テックを都内の約100店舗で先行発売したのは2017年7月であった。アイコスの市場創出から数えて発売そのものが三年遅れ、たばこ葉を詰めた専用カプセルを使う独自方式ゆえに量産の立ち上げにも手間取った。発売後も「売りたくてもモノがない」供給不足が長く続き、吸い応えより穏やかさを持ち味とする低温加熱の方式も、高温式のアイコスが席巻する市場では強みを伝えにくかった。潤沢な紙巻き収益を持ちながら、JTは新市場の立ち上がりに乗り遅れていた[5][6]。
出遅れを、経営は率直に認めた。寺畠正道社長は2018年の取材で、加熱式の普及の速さについて「ここまでのスピードで加熱式たばこが普及するとは思っていなかった。こうした状況を読み切れなかったことは、反省しなければならない」と語った。同じ2018年12月期のJTは売上高2兆2159億円・営業利益5650億円を計上し、紙巻きたばこで高い収益を上げていた。稼ぐ力と新市場での出遅れが、同じ会社のなかに同居していた[7][8]。
決断
反撃宣言と加熱式シフト
守勢を覆すため、JTは製品と組織の両面から加熱式に力を注いだ。2018年にプルーム・テックの販売地域を全国へ広げ、2019年1月末には吸い応えを強めた改良版「プルーム・テック・プラス」と、高温加熱の新デバイス「プルーム・エス」を同時に投入した。新製品発表会で岩井睦雄副社長は「今年は加熱式たばこの市場で巻き返し、シェアを奪取する」と宣言し、追う側から反撃に転じた[9]。
組織も加熱式へ寄せた。2018年10月、二百数十名にとどまっていた加熱式の営業部隊を紙巻きの営業と統合し、1700名以上が加熱式の販売にも携わる体制へ組み替えた。外資のPMIやBATを人員数で上回る国内最大手の強みを生かし、店頭での試喫の勧誘まで含めた人海戦術でシェアを奪いにいく戦略であった。商品企画部長の高橋正尚は「絶対に市場でトップになるという旗は降ろさない」と語った[10]。
紙巻きの成功体験を捨てる
寺畠正道社長は、この転換を一時の対抗策ではなく事業そのものの作り替えととらえた。加熱式などのRRP(健康リスクを下げる可能性がある製品)をこれから伸びる領域とみて、「最も必要なのはRRP」と繰り返した。長く国内市場を支配してきた紙巻きの成功体験を離れ、新カテゴリーへ資源を移す考えを、社長は「紙巻きたばこの成功体験を捨てる」という言葉で対外的に示した[11][12]。
もっとも、それは紙巻きを切り捨てる転換ではなかった。加熱式は税制上の区分から紙巻きより税負担が軽く、割高な製造原価を差し引いても手元に残る利益は紙巻きより厚い。JTは約6割のシェアを持つ紙巻きの高い収益を保ちながら、その収益を加熱式の製品開発と販促へ振り向ける二正面の資源配分を選んだ。国内で稼ぎつつ、まだ市場が育っていない海外での加熱式の広がりも、長期の戦いとして見据えていた[13][14]。
結果
シェアの巻き返しと2位浮上
反撃は数字に表れた。プルームの国内加熱式シェアは、2021年ごろには5%に満たなかったが、製品の更新と販促を重ねて2024年には約14%へ上がった。2025年に投入した新型「プルーム・オーラ」が弾みとなり、同年にはBATのグローを抜いて2位へ浮上したとJTは発表した。長く「万年3位」と呼ばれた位置からの浮上がほぼ確実になり、後発の出遅れをようやく取り戻していった[15][16][17]。
シェアを固めるため、JTは投資を積み増した。2026年2月には、紙巻きたばこの収益を原資に、3年間でRRPへ8000億円を投じる計画を打ち出した。一方で国内には逆風も強まった。税制改正により加熱式の課税方式が2026年に二度見直され、紙巻きより約2割低かった税率が同等へ引き上げられ、加熱式の価格の優位は薄れる見通しとなった。巻き返しの勢いと、収益を左右する税の重みとが、同時にJTへのしかかった[18][19]。
最年少社長への継承と、残る距離
巻き返しの途中で、指揮官が代わった。2026年1月、寺畠正道社長が退き、海外事業の経験が長い筒井岳彦が歴代最年少の51歳で社長に就いた。国内加熱式のシェアが15.7%へ伸びた時点での交代であった。筒井社長は「シェアは十分に巻き返せる」と述べ、目先の市場占有率よりも、顧客の本音を読み解く力と、失敗を許して挑める組織づくりに逆転の芽を求めた。後発参入の反省を、次の世代が引き継いだ[20][21]。
残る距離は、なお大きい。首位のアイコスは2024年で約7割のシェアを保ち、「加熱式といえばアイコス」という消費者の印象は根強い。海外ではプルームのシェアがヨーロッパなどで1〜6%台にとどまり、売上の8割超を海外が占めるJTにとって国外での浸透が次の課題となる。売上の9割近くをなお紙巻きたばこが支えるなかで、紙巻き依存からの脱却は、本稿の時点で道半ばにある[22][23]。
- 週刊東洋経済 2017年12月2日号「ニュース深掘り たばこメーカーの苦悩 JT、加熱式たばこに潜む不安」
- 週刊東洋経済 2018年2月3日号「トップに直撃 JT社長 寺畠正道 喫煙者が減少する日本でどう戦っていきますか?」
- 週刊東洋経済 2019年3月23日号「加熱式たばこの大激戦 JTの反撃宣言で始まった」
- 週刊東洋経済 2026年4月4日号「JTの逆襲シナリオ 最年少社長が挑む紙巻き依存脱却策」
- 週刊東洋経済 2026年4月4日号「JT社長 筒井岳彦 シェアは十分に巻き返せる カギを握るのはイノベーションだ」
- 日経クロストレンド(2025年)「JTの加熱式たばこ、劣勢跳ね返す静かな革命 業界『万年3位』返上へ」
- テレ東プラス(2021年8月)「激変するたばこ市場 JTのグローバル戦略とは? 寺畠正道社長に聞く」
- 日経ビジネス(2020年3月)「JT・寺畠社長、紙巻きたばこの成功体験を捨てる」
- 日本たばこ産業 有価証券報告書(2018年12月期・連結・IFRS)