JT の歴史

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創業 1949年
母体 日本専売公社
創業地 東京都
創業
1949年6月、大蔵省専売局を母体として日本専売公社が設立され、たばこと塩の専売を担った。供給すれば売れる制度のもとで、価格や数量を競う経験を持たないまま三十六年が過ぎる。1970年代に需要の伸びが鈍り、専売制度の枠内では諸外国からの市場開放要請に対応できなくなると、1984年に日本たばこ産業株式会社法が成立し、翌1985年4月、公社財産の全額出資により日本たばこ産業が発足した。ただし大蔵大臣が全株式を保有したままの段階的な民営化であり、経営の自由度は少しずつしか渡されなかった。
決断
縮む国内で稼いだ現金を、伸びる海外の規模へ振り向け続ける資本配分に一貫性がある。成人男性の喫煙率が1993年に60%を割り国内の頭打ちが見えると、1999年に米RJRナビスコの米国外たばこ事業を77億9,000万ドルで買収し、海外の販売本数を約10倍へ広げた。その一方で国内では、好業績のさなかの2003年に4,000人の希望退職と工場閉鎖に踏み切り、稼げるうちに固定費を軽くして次の投資余力を作った。そして2007年には約2兆2,500億円を投じて英ギャラハーを買収し、欧州とロシアの収益源を加えた。守りと攻めを同時に走らせる資本配分は途切れず、2024年には米国4位のベクター・グループを約3,780億円で買収している。
現況
たばこ一本に絞り込み、その8割超を日本の外で売る事業構造である。2025年12月期の売上収益3兆4,676億円のうち海外が2兆8,406億円、日本は6,271億円にとどまり、営業利益8,670億円は過去最高を更新した。2015年に約6,000億円でナチュラル・アメリカン・スピリットの米国外事業を取得したのも、成長するブランドを買収して利益成長を確保する同じ論理であった。他方で多角化の対象範囲は整理され、2025年には参入40年の医薬事業から撤退して鳥居薬品を塩野義製薬へ託している。報告セグメントは、たばこ3兆3,054億円と加工食品1,595億円の二つに絞られた。
競合
競争は世界の寡占をめぐる争いである。1999年の買収でウィンストン・キャメル・セーラムを引き取ったJTは、フィリップ・モリス、ブリティッシュ・アメリカン・タバコに次ぐ世界3位へ一年で上がった。一方、国内では民営化の直後から外国たばこの攻勢にシェアを侵食され、2005年にはマールボロを国内で作り売るライセンス契約も手放した。加熱式たばこでは2014年に市場を作ったフィリップ・モリスに三年遅れ、プルームで巻き返しに転じたのは2018年である。世界では買収で並んだが、日本ではアイコスに移った客を取り返す作業が、現在も終わっていない。

設立ストーリー 専売公社の設立と、株式会社への改組を決めるまで (1949年〜)

国の専売事業を担う公社としての出発

日本たばこ産業の前身である日本専売公社は、国の専売事業の健全にして能率的な実施に当たる[1]ことを目的として、1949年6月1日に設立された[2]。たばこ専売制度の実施主体として、たばこの安定的提供と財政収入の確保に貢献する役割[3]を負った。専売の対象はたばこと塩の二つで、このうち塩の専売事業は1997年4月の塩専売制度の廃止まで残った[4]。公社の事業と財産は1985年4月に設立された会社へそのまま承継され[5]、専売公社としての歴史は36年で終わった。1970年代に入ると成年人口の伸び率が鈍化し[6]、喫煙と健康の問題への関心が高まって需要の伸びは鈍り、販売数量はほぼ横這いで推移した[7]

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [1]設立目的 国の専売事業の健全にして能率的な実施
    • [2]1949年6月1日 日本専売公社設立
    • [3]公社の役割 たばこ専売制度の実施主体・たばこの安定的提供と財政収入の確保
    • [4]1997年4月 塩専売制度廃止に伴い塩専売事業が終了
    • [5]1985年4月 公社の一切の権利義務を承継して会社が設立
    • [6]1970年代 成年人口の伸び率の鈍化と喫煙・健康問題の高まり
    • [7]需要の伸びの鈍化と販売数量のほぼ横這い推移

公社はこの頭打ちを一時の落ち込みではなく需要の構造的変化と受け止め、傾向はさらに続く[8]と予想した。同じころ外国たばこ企業に対する実質的な市場開放が進展[9]し、国内市場では内外の製品が競い合う状況が生まれた。たばこ専売制度の枠内では対応が困難なほど諸外国からの市場開放要請は強まり、国内では公社制度に対する[10]改革を求める動きが重なった。1981年3月に臨時行政調査会が発足[11]し、1982年7月30日の第三次答申[12]で専売制度と公社制度に対する抜本的な改革が提言された。

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [8]需要の構造的変化としての受け止め・傾向の継続予想
    • [9]外国たばこ企業に対する実質的な市場開放の進展
    • [10]たばこ専売制度の枠内では対応困難な市場開放要請の強まり・公社制度への改革動向
    • [11]1981年3月 臨時行政調査会の発足
    • [12]1982年7月30日 第三次答申で専売制度・公社制度の抜本的改革を提言
  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [1]設立目的 国の専売事業の健全にして能率的な実施
    • [2]1949年6月1日 日本専売公社設立
    • [3]公社の役割 たばこ専売制度の実施主体・たばこの安定的提供と財政収入の確保
    • [4]1997年4月 塩専売制度廃止に伴い塩専売事業が終了
    • [5]1985年4月 公社の一切の権利義務を承継して会社が設立
    • [6]1970年代 成年人口の伸び率の鈍化と喫煙・健康問題の高まり
    • [7]需要の伸びの鈍化と販売数量のほぼ横這い推移
    • [8]需要の構造的変化としての受け止め・傾向の継続予想
    • [9]外国たばこ企業に対する実質的な市場開放の進展
    • [10]たばこ専売制度の枠内では対応困難な市場開放要請の強まり・公社制度への改革動向
    • [11]1981年3月 臨時行政調査会の発足
    • [12]1982年7月30日 第三次答申で専売制度・公社制度の抜本的改革を提言

四三長計と、専売改革関連法の成立まで

政府は臨時行政調査会の答申を受けて制度全体の見直しを進め[13]、二つの法律を柱とする専売改革関連法を組み立てた。ひとつは、たばこの輸入自由化を図るためにたばこ専売法を廃止[14]し、たばこ事業に関して所要の調整を図るたばこ事業法[15]を新たに制定するものだった。もうひとつは、日本専売公社法を廃止し、公社を合理的な企業経営が最大限可能な株式会社へ改組[16]して必要最小限の公的規制を規定する、日本たばこ産業株式会社法の制定[17]だった。輸入自由化のもとで国内市場において外国たばこ企業と対等に競争していく必要[18]が、株式会社への改組を求めた理由に挙げられた。

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [13]答申を受けた制度全体の見直しと専売改革関連法の法案化
    • [14]たばこ専売法の廃止とたばこ事業法の制定
    • [15]たばこ事業に関し所要の調整を図るたばこ事業法
    • [16]日本専売公社法の廃止と株式会社への改組
    • [17]必要最小限の公的規制を規定する日本たばこ産業株式会社法
    • [18]改組の理由 輸入自由化のもとで外国たばこ企業と対等に競争する必要

これらの法律案は第101回国会において1984年8月3日に成立[19]し、同年8月10日に公布された[20]。日本たばこ産業株式会社法は昭和59年8月10日法律第69号[21]として、公社を株式会社へ改める枠組みを定めた。たばこ専売法の廃止によって輸入は自由化され[22]、公社が国内市場で唯一の供給者であるという前提は失われた。1982年7月30日の第三次答申から法律の成立までは二年、公社の設立から数えて35年が経っていた。新しい会社に残される公的規制は必要最小限とされ、合理的な企業経営を最大限に追う余地[23]が制度として与えられた。

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [19]1984年8月3日 第101回国会で専売改革関連法が成立
    • [20]1984年8月10日 公布
    • [21]日本たばこ産業株式会社法 昭和59年8月10日法律第69号
    • [22]たばこ専売法の廃止によるたばこの輸入自由化
    • [23]必要最小限の公的規制と合理的な企業経営
  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [13]答申を受けた制度全体の見直しと専売改革関連法の法案化
    • [14]たばこ専売法の廃止とたばこ事業法の制定
    • [15]たばこ事業に関し所要の調整を図るたばこ事業法
    • [16]日本専売公社法の廃止と株式会社への改組
    • [17]必要最小限の公的規制を規定する日本たばこ産業株式会社法
    • [18]改組の理由 輸入自由化のもとで外国たばこ企業と対等に競争する必要
    • [19]1984年8月3日 第101回国会で専売改革関連法が成立
    • [20]1984年8月10日 公布
    • [21]日本たばこ産業株式会社法 昭和59年8月10日法律第69号
    • [22]たばこ専売法の廃止によるたばこの輸入自由化
    • [23]必要最小限の公的規制と合理的な企業経営

公社財産の全額出資による株式会社の発足

日本たばこ産業株式会社は、日本たばこ産業株式会社法に基づき1985年4月1日に公社財産の全額出資により設立された[24]。設立に際して公社の一切の権利義務を承継し[25]、出資された財産の価格は8,364億円と評価されて200万株が割り当てられた[26]。この株式は同法附則第10条により政府へ無償譲渡され[27]、大蔵大臣が発行済株式の100%を保有[28]する会社として出発した。同じ1985年4月には新規事業を積極的に広げるため事業開発本部が設置され[29]、1990年7月までの間に各事業の推進体制を強めるため同本部を改組して医薬や食品などの事業部が置かれた[30]

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [24]1985年4月1日 公社財産の全額出資により日本たばこ産業株式会社を設立
    • [25]設立に際して公社の一切の権利義務を承継
    • [29]1985年4月 新規事業の積極的展開のため事業開発本部を設置
    • [30]1990年7月までに事業開発本部を改組し医薬・食品等の事業部を設置
  • 証券 1994年46巻12号
    • [26]出資財産の価格 8,364億円・割当株式 200万株
    • [27]日本たばこ産業株式会社法附則第10条により株式を政府へ無償譲渡
    • [28]大蔵大臣が発行済株式の100%を保有

たばこ製造設備の絞り込みは民営化の直後から始まり、1986年3月にはたばこ製造の近代化と効率化のため福岡・鳥栖の両工場を廃止して北九州工場を設けた[31]。工場の統廃合はその後も続き、1996年6月までの間にたばこ製造体制の合理化として9つのたばこ工場を廃止[32]した。1988年10月にはコミュニケーション・ネーム『JT』を導入[33]し、専売公社から続く社名とは別の呼称を対外的に用い始めた。1991年7月には新本社ビルの建設のため本社を東京都港区虎ノ門から品川区東品川へ移し[34]、竣工後の1995年5月に虎ノ門へ戻った[35]

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [31]1986年3月 福岡・鳥栖両工場を廃止し北九州工場を設置
    • [32]1996年6月までにたばこ製造体制の合理化として9たばこ工場を廃止
    • [33]1988年10月 コミュニケーション・ネーム「JT」を導入
    • [34]1991年7月 新本社ビル建設のため本社を虎ノ門から東品川へ移転
    • [35]1995年5月 本社を東品川から虎ノ門へ移転
  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [24]1985年4月1日 公社財産の全額出資により日本たばこ産業株式会社を設立
    • [25]設立に際して公社の一切の権利義務を承継
    • [29]1985年4月 新規事業の積極的展開のため事業開発本部を設置
    • [30]1990年7月までに事業開発本部を改組し医薬・食品等の事業部を設置
    • [31]1986年3月 福岡・鳥栖両工場を廃止し北九州工場を設置
    • [32]1996年6月までにたばこ製造体制の合理化として9たばこ工場を廃止
    • [33]1988年10月 コミュニケーション・ネーム「JT」を導入
    • [34]1991年7月 新本社ビル建設のため本社を虎ノ門から東品川へ移転
    • [35]1995年5月 本社を東品川から虎ノ門へ移転
  • 証券 1994年46巻12号
    • [26]出資財産の価格 8,364億円・割当株式 200万株
    • [27]日本たばこ産業株式会社法附則第10条により株式を政府へ無償譲渡
    • [28]大蔵大臣が発行済株式の100%を保有

関税撤廃で縮まった内外たばこの価格差

長岡實社長は民営化への移行時に『5年後には輸入たばこのシェアは5%位までにはなるだろう』[引用元][36]と見通していたが、外国たばこはその予想をはるかに超える速さで日本たばこ産業の独壇場を脅かした[37]。各社は日本向けに商品を開発したうえで本格的な攻勢をかけた[38]

  • 日本経済新聞(1987年6月22日)
    • [36]長岡實社長 民営化移行時の見通し 5年後の輸入たばこシェア5%程度
    • [37]予想を超える速さでの外国たばこの攻勢
    • [38]外国各社の日本向け商品開発と本格攻勢

国内市場の縮小は喫煙率にも表れ、成人男性の喫煙率は2年連続で減って1993年に59.8%となり、1965年の調査開始以来はじめて60%を割った[39]

  • 日本経済新聞(1993年11月25日)
    • [39]1993年 成人男性の喫煙率59.8%・1965年の調査開始以来はじめて60%割れ
  • 日本経済新聞(1987年6月22日)
    • [36]長岡實社長 民営化移行時の見通し 5年後の輸入たばこシェア5%程度
    • [37]予想を超える速さでの外国たばこの攻勢
    • [38]外国各社の日本向け商品開発と本格攻勢
  • 日本経済新聞(1993年11月25日)
    • [39]1993年 成人男性の喫煙率59.8%・1965年の調査開始以来はじめて60%割れ

株式上場と、たばこ以外の柱を探す試み

1994年10月、政府保有株式の第一次売出しとして394,276株が放出され[40]、東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ株式が上場された[41]。上場日は10月27日[42]で、同年11月には京都・広島・福岡・新潟・札幌の各証券取引所にも上場[43]した。上場時の社長は水野勝氏[44]で、従業員は23,669人、たばこ工場は26か所、原料工場等が7か所[45]という規模だった。1株当たり年5,000円を安定配当とし[46]、たばこ事業の効率化と多角化の状況を考えながら適切な利益還元を行う方針が示された。1996年6月には第二次売出しとして272,390株[47]が放出された。

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [40]1994年10月 政府保有株式の第一次売出し394,276株
    • [41]1994年10月 東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場
    • [43]1994年11月 京都・広島・福岡・新潟・札幌の各証券取引所へ上場
    • [47]1996年6月 政府保有株式の第二次売出し272,390株
  • 証券 1994年46巻12号
    • [42]上場年月日 1994年10月27日
    • [44]上場時の代表者 取締役社長 水野勝
    • [45]1994年3月31日時点 従業員23,669人・たばこ工場26か所・原料工場等7か所
    • [46]株主還元方針 1株当たり年5,000円の安定配当

たばこ以外の柱づくりは民営化の直後から始まり、1985年4月に置かれた事業開発本部は1990年7月までに改組されて医薬と食品の事業部が生まれた[48]。1993年9月には医薬事業の研究開発体制を充実強化するため医薬総合研究所が設けられた[49]。1998年12月には鳥居薬品の発行済株式の過半数を公開買付により取得した[50]

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [48]1985年4月設置の事業開発本部を1990年7月までに改組し医薬・食品の事業部を設置
    • [49]1993年9月 医薬事業研究開発体制の充実・強化のため医薬総合研究所を設置
    • [50]1998年12月 鳥居薬品の発行済株式の過半数を公開買付により取得

1997年4月には塩専売制度の廃止に伴って塩の専売事業が終了し、たばこ共済年金が厚生年金に統合[51]された。飲料では1998年4月にユニマットコーポレーションと清涼飲料事業での業務提携に関する契約を結び[52]、その後に同社の発行済株式の過半数を取得した。

  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [51]1997年4月 塩専売制度廃止に伴う塩専売事業の終了とたばこ共済年金の厚生年金統合
    • [52]1998年4月 ユニマットコーポレーションと清涼飲料事業で業務提携契約・のち過半数取得
  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
    • [40]1994年10月 政府保有株式の第一次売出し394,276株
    • [41]1994年10月 東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第一部へ上場
    • [43]1994年11月 京都・広島・福岡・新潟・札幌の各証券取引所へ上場
    • [47]1996年6月 政府保有株式の第二次売出し272,390株
    • [48]1985年4月設置の事業開発本部を1990年7月までに改組し医薬・食品の事業部を設置
    • [49]1993年9月 医薬事業研究開発体制の充実・強化のため医薬総合研究所を設置
    • [50]1998年12月 鳥居薬品の発行済株式の過半数を公開買付により取得
    • [51]1997年4月 塩専売制度廃止に伴う塩専売事業の終了とたばこ共済年金の厚生年金統合
    • [52]1998年4月 ユニマットコーポレーションと清涼飲料事業で業務提携契約・のち過半数取得
  • 証券 1994年46巻12号
    • [42]上場年月日 1994年10月27日
    • [44]上場時の代表者 取締役社長 水野勝
    • [45]1994年3月31日時点 従業員23,669人・たばこ工場26か所・原料工場等7か所
    • [46]株主還元方針 1株当たり年5,000円の安定配当

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JTの沿革1949〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1949〜1984年専売公社の設立と、株式会社への改組を決めるまで日本政府により日本専売公社を設立
ホープ(10)を発売
たばこ工場の集約再編を開始
専売公社の民営化を検討開始★★
1985〜1998年民営化による発足と、外国たばこの攻勢に晒された国内市場日本専売公社を株式会社化し日本たばこ産業として発足

1985年4月、塩とたばこを専売のもとで独占してきた日本専売公社が、日本たばこ産業株式会社(JT)へ改組された経営判断。発足時は大蔵大臣が全株式を保有し、段階的に株式を売却していく設計だった。

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★★★
福岡・鳥栖両工場を閉鎖し北九州工場を新設
JTのブランドを採用
東京証券取引所に株式上場
塩専売事業が終了
鳥居薬品を公開買付で過半数取得★★
1999〜2007年二度の大型買収で世界三位へ、国内は縮小という二正面RJRナビスコの米国外たばこ事業を77億9,000万ドルで買収

1999年3月、日本たばこ産業(JT)が米RJRナビスコの米国外たばこ事業を77億9,000万ドル(約9,400億円)で買収した経営判断。当時の日本企業による海外買収として過去最大の規模で、ウィンストン・キャメル・セーラムといった海外ブランドと販売網を一挙に取得し、国内専売の事業者から世界規模のたばこメーカーへ転じた。決断は水野勝社長のもとで下された。

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★★★
旭化成の食品事業を買収
好業績下で断行した国内たばこ事業の構造改革——工場の大量閉鎖と4,000人削減

2003年8月6日、日本たばこ産業(JT)が単独社員の約2割にあたる4,000人の希望退職募集と国内たばこ工場の追加閉鎖を柱とする大規模リストラ策を発表した経営判断。前年2002年7月に打ち出した国内8工場の閉鎖に続く国内構造改革の中核で、初の生え抜き社長である本田勝彦社長のもとで進められた。

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★★★
国内8工場を閉鎖(上田・函館・高崎・高松・徳島・臼杵・鹿児島・都城)
マールボロ国内ライセンス契約終了
木村宏英ギャラハーを約2兆2,500億円で買収し欧州とロシアの柱を得る

2007年4月、日本たばこ産業(JT)が英たばこ大手ギャラハーを総額約2兆2,500億円で買収した経営判断。1999年のRJRナビスコの米国外たばこ事業買収(約9,400億円)に続く二度目の巨額海外買収で、当時の国内企業による海外買収として過去最高額であった。英国のたばこ大手の販売網とブランドを取得し、世界3位のたばこメーカーとしての立場を固めた。決断は木村宏社長のもとで下された。

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★★★
2008〜2026年政府保有株の放出、加熱式への後発参入と医薬からの撤退木村宏ト吉をTOBにより買収
小泉光臣「マイルドセブン」を「メビウス」に刷新
小泉光臣1600名を人員削減。不採算工場の閉鎖を継続
小泉光臣米「ナチュラル・アメリカン・スピリット」米国外事業の約6000億円買収

2015年9月29日、JT(日本たばこ産業)が米たばこ大手レイノルズ・アメリカンから、たばこブランド『ナチュラル・アメリカン・スピリット』の米国以外での事業を約6,000億円で取得すると発表した経営判断。商標権と日本・ドイツなど米国外の販売会社9社を取得し、2016年1月に買収を完了した。小泉光臣社長の下、M&A司令塔の新貝康司副社長が主導した8年ぶりの大型買収である。

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★★★
小泉光臣飲料事業から撤退(飲料事業部の廃止)★★
寺畠正道加熱式たばこへの後発参入と、プルームによる巻き返し

2018年、最年少で社長に就いた寺畠正道氏は、フィリップ・モリスのアイコスに後れを取った加熱式たばこ(RRP)を最も伸びる分野と定め、プルーム・テックの全国展開と営業体制の加熱式シフトで巻き返しに乗り出した。紙巻きたばこの高い収益を保ちながら、資源を新カテゴリーへ傾ける業態づくりの判断であった。

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★★★
寺畠正道本社を移転
寺畠正道たばこ事業の本社機能をジュネーブに統合
寺畠正道Vector Group Ltd.を取得★★
寺畠正道参入40年の医薬事業からの撤退——鳥居薬品を塩野義へ託しての選択と集中

2025年5月7日、日本たばこ産業(JT)が、医薬事業と連結子会社の鳥居薬品を塩野義製薬へ売却し、医薬事業から撤退すると発表した経営判断。塩野義が鳥居薬品を公開買付(TOB)で完全子会社化し、JT本体の医薬事業も譲り受ける取引で、買収総額は約1,600億円規模となった。寺畠正道社長のもとでの事業ポートフォリオの絞り込みである。

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★★★
出典・参考
  • 日本たばこ産業 有価証券報告書(2025年12月期)【沿革】
  • 証券 1994年46巻12号
  • 日本経済新聞(1987年6月22日)
  • 日本経済新聞(1993年11月25日)

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