重要な意思決定
2015

American Spiritを買収

背景

先進国たばこ市場で数量縮小が進み価格帯の上方シフトが各社の課題に

2010年代に入り先進国のたばこ市場では数量成長が鈍化する一方、価格帯の二極化が進んでいた。標準価格帯では税率引き上げと健康志向の高まりにより販売数量が減少する一方、付加価値を前面に出した高価格帯では価格転嫁余地が比較的保たれていた。市場全体が縮小するなかで利益率を維持する手段として、価格帯の上方シフトが各社の共通課題となっていた。

JTにとっても国内市場では数量減少が続いており、既存ブランドに依存した構成には限界が見え始めていた。セブンスターやピースといった高価格帯ブランドは保有していたが購買層の高齢化が進み、若年層への訴求力は限定的であった。海外市場では事業規模を確保していたがプレミアム価格帯での選択肢は限られていた。

こうした状況下で高価格帯ブランドの強化が価格ミックス改善と利益率維持の鍵として認識されていた。ただしプレミアムブランドを自社で育成するには時間とマーケティング投資を要し、市場での認知獲得までのリードタイムが課題であった。既存の高価格帯ブランドを外部から取得する選択肢が検討される素地が生まれていた。

決断

無添加訴求で若年層に支持されるアメリカン・スピリットを約6000億円で取得

2015年9月、JTはレイノルズ・アメリカンが保有する「ナチュラル・アメリカン・スピリット」の米国外たばこ事業を約6000億円で買収することで合意した。対象は商標権と米国外子会社9社であり、販売数量は約31億本、売上高は176億円規模であった。米国内事業は訴訟リスクを考慮して買収対象から除外された。

JTが重視したのは数量ではなく価格帯とブランド特性であった。ナチュラル・アメリカン・スピリットは無添加を訴求点とし、20代から30代を中心に支持を拡大していた。自社ブランドを段階的に育成する選択肢もあったが時間を要することは避けられず、即時に高価格帯の選択肢を拡充し価格ミックスを引き上げるため、ブランドを丸ごと取得する判断に踏み切った。

売上高176億円の事業に約6000億円を投下する判断は、数量規模に対する評価ではなくブランドの将来的な価格転嫁力と顧客層の持続性に対する評価であった。数量成長を前提としない市場環境において利益率の維持を優先する投資判断が選択された。

結果

価格ミックス改善に道筋をつけたが投下資本に対する評価は分岐

買収後、JTは高価格帯における商品構成を拡張し、国内外での価格ミックス改善に道筋をつけた。ナチュラル・アメリカン・スピリットは日本市場でも既に一定の認知を得ており、既存流通網との親和性は高かった。数量規模は限定的であったが利益率を重視したポートフォリオ再編の観点では明確な役割を持つブランドとなった。

一方で投下資本に対する評価は分かれた。税引前利益水準に比して買収額は大きく、短期的なROIは低水準にとどまると見られていた。この判断は数量成長を狙う投資ではなく、価格帯と顧客層を買う投資であった。

成否は短期の収益指標では測れず、価格転嫁力とブランド維持にどれだけ寄与するかによって検証される性質を持っていた。市場縮小局面において「何を売るか」ではなく「どの価格帯で売るか」を資本投下によって選択した判断であり、たばこ産業における成熟市場戦略の一形態であった。