この判断の核心は、競争の勝利を極限まで追わないという、通常の企業行動とは逆向きの選択を独走企業が自ら制度に組み込んだ点にある。同時代の資料からは、拡販の自制が受け身の萎縮ではなく、品質本位と代金回収の規律、慎重な設備投資という戦前来の体質の延長線上にあったことがうかがえる。分割論という外部圧力は、その体質を"勝ちすぎない経営"として明文化させる触媒になったと推察される。なお、分割論への社内対応の具体的な経緯は本稿の資料からは確認できず、記録に残るのは販売の現場での自制と経営計画への反映までである。
多角化の初手となった洋酒は、その後も本業に並ぶ収益源には育たなかった。それでも、飲料・食品からファインケミカルへ広げた1970年代の布石は、1980年代の医薬参入を経て、半世紀後にヘルスサイエンスを軸に据える事業構成へつながっていく。一方で、シェアを守ることを前提にした組織の運びが、1980年代末の市場変化への対応を鈍らせた面も指摘される。競争優位に立ちすぎた企業はどこで成長を探すのか——この問いを1970年代のうちに経営計画へ書き込んだ点に、この判断の射程の長さがうかがえる。