高輪ゲートウェイシティ──品川車両基地跡地の再開発と不動産第3の柱
駅の上空と高架下しか自由にできなかった鉄道会社は、都心の車両基地跡地をどう第3の柱へ変えようとしたか
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- 概要
- 2025年3月27日、JR東日本が品川車両基地跡地の再開発「TAKANAWA GATEWAY CITY(高輪ゲートウェイシティ)」をまちびらきした経営判断。総事業費約6,000億円を投じ、山手線の新駅・高輪ゲートウェイ駅(2020年3月開業)を核に、新幹線・駅ナカに続く第3の収益軸を都心の不動産・まちづくりで築く戦略である。構想は冨田哲郎社長の時代に動き出し、深澤祐二社長のもとで都心最大級の開発として動いた。
- 背景
- 発足時の住田正二社長が「自由にできるのは主要駅の上空や高架下」と語ったように、JR東日本の開発余地は限られていた。駅ビル・駅ナカの蓄積と2016年の不動産・ホテル事業の区分化を経て、鉄道以外で稼ぐ土台を厚くする必要が強まり、品川車両基地の再編で生まれた都心の大規模跡地がその舞台となった。
- 内容
- 品川駅・田町駅間の車両基地跡地に、将来構想を含めて開発面積約13万平方メートル(延床面積は約84万5,000平方メートル)の複合都市を開発する。「Global Gateway」「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を掲げ、モビリティ・環境・ヘルスケアを実証のテーマに据えた。2020年3月に高輪ゲートウェイ駅、2025年3月27日にツインタワー「THE LINKPILLAR 1」などがまちびらきした。
- 含意
- 国鉄末期に営業へ縛られていた車両基地跡地を都心最大級の開発へ転じ、鉄道会社が線路際でまちづくりの担い手となった判断である。ただしグランドオープンはなお先で、総事業費約6,000億円の回収と第3の柱としての定着は本稿の時点で途上にあり、2軸経営(勇翔2034)の生活サービス側を支える資産として問われる段階にある。
駅から街へ、鉄道会社の輪郭
この開発の芯にあるのは、鉄道会社が自らの線路際で、まちづくりそのものの担い手になろうとした点にあるとみることができる。発足時に住田正二社長が「主要駅の上空や高架下」と語った限られた自由裁量が、駅ビル・駅ナカの蓄積を経て、都心最大級の複合都市を生む射程にまで届いた。国鉄末期に営業へ縛られていた車両基地の跡地が、山手線の新駅を核とする街へ転じた道のりには、鉄道という装置を不動産という資産へ読み替えていく、この会社なりの一貫した志向がうかがえる。
ただ、第3の柱として不動産が本当に立つかどうかは、なお先の話である。総事業費約6,000億円という巨費の回収は、まちびらきを終えたいまも始まったばかりで、通勤需要が構造的に細るなかで街の集客と収益がどこまで積み上がるかは見通しにくい。鉄道とその外側の生活サービスという二つの軸のあいだで、高輪の街がどちらの軸をどれだけ担うのか——JR東日本が国鉄の遺産を都心の資産へ変えていく試みは、まだ道半ばにあるとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
駅の上空と高架下から始まった開発余地
JR東日本が自由に使える資産は、発足の時点から限られていた。1987年の分割民営化にあたり、初代の住田正二社長は、会社が自由裁量できるのは主要駅の上空や高架下だけであると語っている。国鉄から引き継いだ用地の多くは線路や駅の営業に縛られ、まとまった開発余地は乏しかった。その限られた余地に駅ビルと駅ナカを積み上げた三十年余の蓄積が、のちに都心の不動産開発へ射程を伸ばす土台になった[1]。
駅の空間を収益化する試みは、やがて事業の形を得た。2016年3月期にセグメント区分が改められ、ショッピング・オフィス事業は「不動産・ホテル事業」として独立した区分に立てられる。2019年3月期には同事業のセグメント利益が814億円に達し、運輸事業の3,419億円に次ぐ規模となった。もっとも会社全体の稼ぎの多くはなお鉄道本業が占め、不動産をさらに大きな柱へ育てるには、駅ビルの延長にとどまらない都心の大規模用地が欠かせなくなっていた[2]。
品川車両基地という都心最大級の用地
その用地を、会社は自らの線路際に見いだした。品川駅と田町駅のあいだにあった車両基地を再編し、都心にまとまった跡地を生み出す構想である。将来構想を含めた開発面積は約13万平方メートル、延床面積は約84万5,000平方メートルに及び、2025年のまちびらき段階の敷地面積は約7万4,000平方メートルとされた。山手線に半世紀ぶりの新駅を据え、都心では今世紀最大級とされる規模の再開発に用地を振り向ける絵が描かれた[3]。
決断
総事業費約6,000億円の複合開発
2020年3月、品川車両基地跡地の一角に、山手線で29番目となる高輪ゲートウェイ駅が開業した。1971年の西日暮里駅以来、約49年ぶりの山手線新駅である。駅の開業は、跡地一帯を都心の複合都市として開発する構想の入口に置かれた。JR東日本はこの品川開発プロジェクト第Ⅰ期に総事業費約6,000億円を投じる計画を示し、オフィス・商業・住宅・ホテル・文化施設を備えた街を、線路際の自社用地に立ち上げる方針を明らかにした[4][5]。
開発の旗印には「Global Gateway」が掲げられ、街そのものを「100年先の心豊かなくらしのための実験場」と位置づけた。モビリティ・環境・ヘルスケアを実証の柱に据え、ロボットとの共生や脱炭素、健康長寿の技術を街区で試す構えである。構想は冨田哲郎社長の時代に品川の車両基地再編とともに動き出し、深澤祐二社長がこれを都心最大級の開発として推し進めた。鉄道会社が、線路際の用地でまちづくりそのものを担う判断であった[6]。
不動産を第3の柱に据える
この開発が担ったのは、単発の不動産案件を超える役割であった。JR東日本は、新幹線と駅ナカ・生活サービスに続く第3の収益軸を、都心の不動産とまちづくりで築こうとしていた。首都圏の通勤と新幹線の需要に業績が直結する構造を相対化し、鉄道以外で稼ぐ土台を厚くする狙いである。国鉄末期の車両基地という、営業に縛られてきた用地を大規模開発へ転じる点に、限られた自由裁量から出発した会社が到達した射程の広がりがうかがえる[7]。
結果
2025年3月のまちびらき
2025年3月27日、TAKANAWA GATEWAY CITY がまちびらきを迎えた。ツインタワー「THE LINKPILLAR 1」が開業し、高輪ゲートウェイ駅も全面開業した。ルミネが手がける商業施設「ニュウマン高輪」や国際会議場を備え、都心では今世紀最大級とされる街が動き始めた。国鉄末期の車両基地が、発足から38年を経て、線路際の巨大な複合都市へと姿を変えた[8][9]。
もっとも、街の全体像はなお築きかけである。まちびらきは第Ⅰ期であり、グランドオープンを控えた段階で、不動産・まちづくりが業績に貢献する度合いは本稿の時点では見極めきれない。まちびらきと同じ2025年3月期の連結営業収益は2兆8,875億円、純利益は2,242億円で、コロナ前の3兆円にはなお届いていない。高輪の街は、喜勢陽一社長が掲げる「2軸の経営」の生活サービス側を支える資産として、鉄道と並ぶ稼ぎ口へ育つかどうかを問われる段階に入った[10]。
- 日本経済新聞(1987年7月26日)
- 東日本旅客鉄道 プレスリリース(高輪ゲートウェイ駅開業・2020年3月)
- 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2022年4月21日)「高輪ゲートウェイシティ(仮称)のまちづくりについて」
- 東日本旅客鉄道 プレスリリース(2024年10月30日)「TAKANAWA GATEWAY CITY まちびらきについて」
- 日経クロステック(2025年3月28日)「高輪ゲートウェイシティが開業、JR東日本による『今世紀最大規模の街づくり』」
- TAKANAWA GATEWAY CITY 公式サイト「ABOUT」
- 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2019年3月期・連結)
- 東日本旅客鉄道 有価証券報告書(2025年3月期・連結)