金融事業ソニーフィナンシャルの完全子会社化

約4,000億円のTOB

物言う株主が迫る分離を退け、なぜ金融を切り離さず逆に取り込んだか——コングロマリットの資本再編

更新:

時期 2020年5月
意思決定者 吉田憲一郎 ソニー 社長兼CEO
論点 金融事業の位置づけと資本再編
概要
2020年5月19日、ソニーが上場子会社ソニーフィナンシャルホールディングス(証券コード8729)を約4,000億円かけて完全子会社化すると発表した経営判断。1株2,600円で公開買付けを実施して65.04%の持ち株比率を引き上げ、9月2日付で完全子会社化を完了した。吉田憲一郎社長兼CEOが金融をエレクトロニクス・エンタテインメントと並ぶコア事業と位置づけ、逆に取り込む選択であった。
背景
金融は本業のエレクトロニクスが振れるなかで安定した収益を供給し、2020年3月期には金融事業の営業利益が1,296億円に達していた。一方で、米ヘッジファンドのサード・ポイントは2019年に金融部門の切り離しを求めており、65.04%しか保有しない親子上場の構図には「リスクは100%取り、利益は65%しか来ない」という不満があった。
内容
5月20日から7月13日まで1株2,600円で公開買付けを実施し、この価格は直近株価に約3割のプレミアムを乗せ、コロナ禍で株価が下がる前の水準に相当した。買付けで持ち株比率を93.46%へ高め、残りを株式交換で取得して9月2日に完全子会社化を完了。同じ説明会で社名を2021年4月に「ソニーグループ」へ改める方針も示した。
含意
完全子会社化で金融子会社の利益を100%取り込み、2022年3月期以降に年400億〜500億円の純利益増を見込んだ。会社を割るのではなく統合で価値を高める道であり、翌2021年3月期には連結純利益1兆296億円を計上した。もっとも、この取り込みは5年後の2025年に一部分離・再上場へと逆回転していくことになる。
筆者の見解

取り込んだものを、なぜ手放したか

この決断の核心は、分離を迫る株主の圧力に対して、切り離すのではなく逆に丸ごと抱え込むという反対の答えを出した点にある。金融の安定収益を全額取り込み、親子上場のねじれを解いて資本効率の説明を単純にする——市況で沈んだ株価をむしろ好機に変えた取得は、その時点では合理と象徴の双方で筋が通っていたとみることができる。物言う株主が説くコングロマリット・ディスカウントに対し、統合の深化で応えるという一貫した構えが、ここには表れていた。

もっとも、取り込みが最終解でなかったことは、その後が示している。100%抱え込んだ金融は、5年後の2025年に税制適格パーシャル・スピンオフで一部を残して分離・再上場され、資本市場へ返された。抱えることで価値を出すという2020年の論理と、返すことで価値を出すという2025年の論理は、同じ資本効率という物差しの表と裏でもある。多くの事業をどう束ね、どこで手放すか——コングロマリットが抱える問いは、取り込みと分離のあいだで揺れているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

金融をコア事業と呼ぶまで

ソニーの金融事業は、1979年に米プルデンシャル生命との合弁で生命保険に参入したことに始まり、ソニー生命・ソニー損保・ソニー銀行を傘下に置くソニーフィナンシャルホールディングスとして育っていた。エレクトロニクスの収益が市況で振れるなかで、金融は国内の個人を主な顧客とする安定した稼ぎ手であり続けた。2020年3月期には金融事業の営業利益が1,296億円に達し、グループへの貢献は小さくなかった[1]

2018年に社長へ就いたCFO出身の吉田憲一郎氏は、「人に近づく」を掲げ、顧客と直接関係を築くDTC(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)を経営の軸に据えていた。店舗を介さないダイレクト型自動車保険を広めたソニー損保や、個人に特化したソニー銀行を、吉田社長は「ソニーのDTCの原点」と呼び、金融をエレクトロニクス・エンタテインメントと並ぶコア事業と明言していた[2]

65%保有というねじれ

もっとも、ソニーが握るソニーフィナンシャル株は65.04%にとどまり、上場子会社を抱える親子上場の構図が残っていた。この構図には、親会社としてリスクは100%負うのに利益は65%しか取り込めないという不満が社内にあった。加えて、多くの事業をひとまとめに抱えることで株式時価総額が個別事業価値の合計を下回る「コングロマリット・ディスカウント」の指摘が、資本効率をどう説明するかという課題を突きつけていた[3]

分離の圧力も外から加わっていた。米ヘッジファンドのサード・ポイントは2019年6月、半導体(イメージセンサー)部門の分離とともに、ソニーフィナンシャルなど保有事業の切り離しを求める書面を公表していた。高収益の事業を切り離せば埋もれた価値が表に出るという株主の論理に対し、ソニーは同年9月に半導体を成長の中核として分離を退けており、金融の扱いもまた、この物言う株主との対峙の延長線上にあった[4]

決断

約4,000億円のTOB

2020年5月19日の経営方針説明会で、ソニーはソニーフィナンシャルホールディングスを約4,000億円かけて完全子会社化すると発表した。5月20日から7月13日まで1株2,600円で公開買付けを実施し、65.04%の持ち株比率の引き上げを図る計画である。買付価格は直近株価に約3割のプレミアムを乗せ、コロナ禍で株価が下落する前の水準に置かれた。市況の悪化で株価が右肩下がりだった時期は、取り込む側にとってはむしろ取得の好機であった[5]

公開買付けだけでは全株は集まらない。7月13日までのTOBで持ち株比率は93.46%まで高まり、残る少数株主の株式は株式交換で取得された。ソニーは7月14日にTOBの完了を発表し、ソニーフィナンシャル株は8月末に上場を廃止、9月2日付で完全子会社化が完了した。最終的な取得額は約3,955億円となり、20年余り続いた金融子会社の上場に幕が下りた[6]

三つの狙いと、社名の再定義

巨費を投じる完全子会社化には、三つの狙いがあった。第一に、コア事業と呼んだ金融のポートフォリオ上の位置づけを強めること。第二に、経営基盤の安定化で、コロナ禍で本業の減益が見込まれるなか、国内個人を軸とする金融の安定収益への期待があった。第三に、企業価値の向上であり、利益の全額を取り込めば2022年3月期以降に年400億〜500億円の純利益増につながると見込んだ。物言う株主が迫る分離とは逆向きの、取り込みによる価値創出の論理であった[7]

同じ説明会では、もう一つの発表があった。本社を2021年4月に「ソニーグループ」へ改称し、グループ本社機能に特化するという再定義である。これまで本社が抱えていたエレキ事業は中間持株会社ソニーエレクトロニクスへ切り分け、半導体・音楽・そして完全子会社化した金融と同等の位置づけに並べる。金融の取り込みは、単体のM&Aにとどまらず、翌年の純粋持株会社体制への移行と地続きの構造改革の一部であった[8]

結果

取り込みの結実

完全子会社化によって、ソニーは金融子会社の利益を100%取り込む体制を整えた。金融の安定収益がグループの数字を下支えする構図は、翌2021年3月期の連結純利益1兆296億円という結実に表れた。日本企業でも数少ない1兆円超で、テレビの会社と見られていたソニーが、コンテンツとテクノロジー、そして金融を束ねるコングロマリットへと姿を変えたことを、数字の面から裏づけた[9]

会社を割って価値を出すべきだという株主の論理に対し、ソニーは分離ではなく取り込みで応えた。2021年4月には社名をソニーグループへ改め、純粋持株会社体制のもとで金融は他の中核事業と横並びに置かれた。物言う株主の二度の要求を退けて統合を選んだ判断は、この時点では一体経営の完成として結実したかにみえた[10]

出典・参考