技術を採るために経営権を渡す選択肢もあったところで、対等の資本構成を条件として先に置いたことになる。しかも同時に、経験が皆無だと相手が渋る空調制御機器とマイクロスイッチまで包括契約に押し込んでいる。すぐには作れなくとも輸入して売るだけなら何とかなるという発想は、輸入商から出発した会社の順序をよく表しているとみられる。
ただ、対等は形の上のものでもあった。ハネウエルは50対50に同意しながら、山口武彦社長の死後は同社が実施権を握る旨の私契約を別に求めており、支配の担保を裏で取ろうとしていた。この私契約は相互理解が進むにつれて有名無実となり破棄されたが、出発点の対等が最初から安定していたわけではない。50%の資本関係が続いた37年のあいだに、山武は輸入品の代売から空調制御機器の国産化へ進んでいる。対等にこだわった意味は、提携が終わったあとに独立して立てるかどうかで測るほかないといえる。